■第13章(6)

腫れた目を冷水でばしゃばしゃと洗って、鏡に映った自分の顔に愕然とする。
「だっせー…」
松田に髪を撫でられて安心したのか、堪えていたものが流れ出して、子供のように泣いてしまったのだ。会いたかった、好き、そんな言葉を繰り返して。
(恥ずかしすぎる…)
惚れた弱みとはよく言ったもので、人を好きになるということは、その人に自分の全てを曝け出すことに等しいのだと思った。泣きじゃくる俊介を宥めすかしてそのまま一緒に眠った松田は、今朝になってからシャワーを浴びている。
出てくる前にと朝食の仕度をするために冷蔵庫を開けると、なるほど食べ切れていない食事がタッパに入って保存されていた。一度に作る量はそれほど多くはないはずで、それが残っているということは、松田が痩せてしまった原因として納得が行った。
「あれ、起きてたんだ」
ちょうど準備ができたところで、松田がシャワーから上がってきた。髪まで乾かして仕事用の服を着ているけれど、直視できない。何がどうということではなく、意識するだけでこんなに自分が変わってしまうのだと思い知る。
朝食を松田の前に並べ終えると、自分はコーヒーカップを持って隣に座った。熱いコーヒーを吹きながら啜っていると、松田の指先が俊介の額に触れる。
「わっ、」
カップから手が離れそうになって慌てて持ち直すと、松田がくすりと笑った。
「…なに」
照れ隠しにぼそりと言うと、指先はそのまま俊介の前髪をさらさらとかき上げた。
「髪、伸びたよね。近いうちに切ろうか」
「…うん」
離れて行く指先をつなぎとめたいと思うのは、きっと初めてではない。
思えば滅茶苦茶な理由をつけて松田を押し倒したあの時から、自分は彼に惹かれていたのだ。恋がどういうものかなんて知らなかったから、随分と遠回りをしたものだ。
今までの相手には申し訳ないけれど、好きになったのは松田が初めてなのだと思う。一緒にいたいと思ったのも、自分だけを見ていてほしいと思ったのも。

「…あ、やっとくから」
食事を終えて席を立つ松田から食器を受け取り、出勤の仕度をするように促す。洗い終えてシンク周りを片付けていると行ってきますと声をかけられ、玄関まで見送りに出た。
「じゃあ、出る時は鍵かけていってね」
以前と変わらず俊介に戸締まりを頼んだ松田だったが、置いていくはずの鍵を鞄に入れてしまった。仕舞われたマスターキーの代わりに取り出して手渡されたのは、
「はい、これ使って」
合鍵だった。
「もう、断る理由はないでしょ?」
そう言って笑う松田に、以前合鍵を持つことを提案された時に「彼氏じゃないからいらない」と言ったことを思い出す。と同時に、断る理由がなくなった意味を理解して、一気に顔が熱くなる。
「じゃあ、行ってきます」
「う、うん…いってらっしゃい」
渡された鍵をちゃりちゃりと弄りながら下を向いていると、松田の手が頬に触れた。反射的に顔を上げると、唇に柔らかい感触。
「………!!」
ちゅっと音を立てて離れたそれが久しぶりのキスだったことに気がつくと、俊介はいよいよ余裕をなくして、真っ赤になりながら松田の背中をぐいぐいと押して早く行けと急き立てた。
笑いながら出掛けて行った松田を見送って扉を閉めると、ソファに座ってテレビをつける。画面の中では、レポーターがこの日で終了するイベントをテーマパークから中継していた。
「クリスマスか…」
ぼんやりとテレビを眺めて、今日はプレゼントを買いに出掛けようか、何をあげたら喜ぶだろうかと、俊介は思いを巡らせた。

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