■第13章(5)

「俊…、」
俊介のパーカーをぎゅっと握って、額を肩に擦り付ける。唇が震えて上手く話せない。必死に息を吸って言葉を紡いだ。
「本当はずっと…、でも俊は違うって、それでも…体だけでも、俊が俺のところに来てくれるんならそれでいいって…、」
何ヶ月も隠し留めてきた想いが、言わないでおこうと決めたはずの想いが、一気に溢れて全身を駆け巡る。
「…嫌なんじゃ、なかった…?」
「嫌だったよ…!俺はどんどん俊のこと気になって行くのに、俊にとっては、俺と寝ることなんか大したことじゃないんだと思ったら、辛くないわけ…ないじゃないか…っ」
ひく、としゃくり上げて震えた肩を、俊介の掌が擦った。
「気がついたら彼より俊の方を優先するようになってて、これじゃいけないと思って…、何度も、俊にもうやめようって言おうと思った…もっと冷たくされたらすぐ言えたのに、」
俊介が優しくするから。ただ強引に押さえつけるだけだった手が、慈しむように触れてくるようになったから。笑顔を見せるから。甘えた表情を見せるから。
「離れたくなくなって、俺の気持ちさえ隠しておけば、このまま…飽きられるまでは、このままでいられるって思ったんだ…」
俊介が自分を抱くのは一時の気まぐれに過ぎない。女を抱くより面倒が少なく、反応の良い松田の体が面白くて、文字通り遊んでいるのだと思っていた。ならばせめて、俊介が我に返って他の人に目を向けるまでは、自分にだけ夢中になっていればいいと思った。
「俊にその気がないなら、俺も割り切って、終わったら彼のところに戻ろうと思ってた…でも、もう戻れないって気づいてしまって…」
はらはらと落ちる涙が、俊介の服に吸い込まれて行く。
「だから一人になって、全部リセットしようと…」
「それで、もう終わりにしたいって言ったの?」
こくりと頷いて、震える息を呑み込んだ。
「でも…本、持ってきてくれた」
触れているだけだった俊介の腕が、意志を持って松田を抱いた。
「俺、もうマッチーには会えないって思ってて、あれから何もやる気が起きなくて。だから、本見たとき、嬉しかった…返しに行ったら会えると思って」
俊介が、松田の肩口に顔を埋める。頬に髪がかかって、ああ、結構伸びたな…と思う。月の初めにいつも切ってやっていたのが、今月は離れて過ごしてきたから。
手を伸ばしてそっと、俊介の髪に触れる。触れた瞬間こそびくりと警戒する様子を見せたものの、ゆっくりと撫でているうちに体の強張りが取れてきて、松田も俊介の背を抱き返した。
「俊…?」
ふいに俊介の腕に力が入り、どうしたのかと名前を呼んでみると。
「…あいたかった…」
初めて聞く俊介の涙声は、静かな部屋にゆっくりと溶けて行った。

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