■第13章(4)

「俺のせい、なの」
目の前で淡々と恋人と別れたと話す松田に、俊介はあの日言われたことを鸚鵡返しに訊ねた。俊介のせいで何もかもがめちゃくちゃだと言って松田は泣いていた。
「あの時は色々整理がつかなくて…ひどい言い方したよね、ごめんね」
俊は悪くないよと言って、松田は微笑った。
本当は他にも聞きたい事がある。俊介との関係も終わりにしたいと言った真意。なぜ、俊介に好きな人がいると思ったのか。…俊介のことを、どう思っているのか。
「怒ってないの、俺のこと」
「怒ってないよ…」
目を伏せて静かに笑う様がきれいだと思ってしまい、俊介は赤くなった顔を隠そうと咄嗟に俯いた。今まで当たり前だと思ってきた松田の笑みが、こんなに心を乱すものだとは思わなかった。
「それからね。俊にはもっと、俺を頼ってほしいと思うんだ。お母さんの代わりにっていうのもあるけど、何かあったら力になりたいし、相談してほしいし」
「相談…」

『本当に、俺には相談してくれないんだね…そうしてくれたら、ちゃんと、応援してあげられると思ったのに…』

あの時の松田の言葉が脳裏を過った。自分はそれを受けて、何を言おうとしていたか。今だ、と、何かが俊介の背中を押した。
「じゃあ、ひとつ相談したいことがあるんだけど」
松田に向き直り、怯みそうになるのを深呼吸で落ち着かせる。
「俺、…好きな人がいて」
俊介にとっては、この時点でもう告白したも同然だ。かあっと頬が上気するのが分かった。顔をみて話すことができず、ソファに置かれた松田の手元を見ながら懸命に話を続けた。
「でも、その人には彼氏がいて。俺はたまに一緒に飯食ったり、い…一緒に寝たり、そういうことするだけで」
松田の指先が、ぴくりと動いた。
「夏休みに旅行誘ってくれたりして、その人といるとほっとするっていうか…好きだって気がついたのはつい最近なんだけど、」
松田の吐息が、震えた。
「彼氏と別れるかもって聞いた時、ほんとは嬉しかったんだ。これで俺だけ見てくれるって。でも、俺とも終わりにするって言われて、話もできなくて…嫌われたのかと思ったら、怖くて」
思い出して瞼がじんと熱くなる。一度ぎゅっと閉じて、また開けた。
「諦めようと思ったけど、無理なんだ…ずっとその人のことばっかり考えてて。こんなの、初めてで」
「……っ、」
松田の手が上がり、そこにはぽたぽたと雫が落ちてきた。顔を上げてみると、松田が口元を押さえて声を殺して泣いていた。
「マッチー、」
手を延ばしかけて、迷う。
「あのさ、俺こういうの慣れてなくて…、目の前で好きな人が泣いてたら、…どうしたらいいの」
「俊…っ…」
縋り付いてきた松田の背中に、俊介は遠慮がちに手を添えた。

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