■第13章(3)

クリスマスイブ。
美容院はデートのためか女性客がひっきりなしに訪れ、夜まで始終対応に追われた。客の一人が差し入れてくれたケーキをスタッフで分け合って、明日も忙しくなるからと早めに解散となった。
もうほとんど閉店してしまった商店街を抜けて住宅地に入ると、家族でパーティーをしているのか、楽しそうな子供の声が漏れ聞こえてきた。実家の妹にプレゼントを送ってやるのをすっかり忘れていたから、明日にでも電話を入れなければと思う。
ポストを開けて主の帰りを待っていた部屋の鍵を取り出すと、冷たい空気に首を竦めながらアパートの階段を上る。足音に反応して立ち上がった人影を見た瞬間、松田は思わずその名を口にした。
「俊……」
「…本、返しにきた」
一度目が合ってすぐに下を向いてしまった俊介が、ぽつりと漏らして本を差し出す。この寒い中でどれだけ待っていたのか、赤い鼻をぐすぐすと鳴らす俊介にすぐにでも駆け寄って抱き締めたい衝動に駆られた。
「部屋で待っててもよかったのに…」
「入っていいか、わかんなかったから」
なぜ俊介がそう言うのか、思い当たる節があるとすれば先日の自分の発言だろう。黙っていると帰ってしまいそうな俊介を温かい飲み物を出すからと部屋に招き入れて、ソファに座らせた。
借りてきた猫のように大人しくしている俊介の前に、紅茶とケーキを置いて隣に座る。以前よりも少し、距離をとって。
「お店でもらったんだけどね、生ものだから…こんな時間だけど、よかったら消費するの手伝ってくれないかな」
そう言って、自分の分に手をつける。しばらく何も言わずに座っていた俊介も、紅茶のカップを手に取った。
「マッチー…また痩せた」
小さな声のした方に視線を移せば言った本人は下を向いていて、伏せた目を囲む睫毛がふるふると震えているような気がした。
「俊は人をよく見てるんだね…気がついたの、俊だけだよ」
自分の手を、指を眺めながら、松田は続けた。
「指輪がね、ゆるくなって。それで自分で気がついたんだけど」
「指輪…彼氏の」
「そう、…別れちゃったけどね」
苦笑混じりにそう言うと、えっと隣で声が上がった。顔を合わせた時から抑揚のない話し方をしていた俊介が感情を表に出したことに、松田は少しほっとする。
「この前言ったろ、別れようと思ってるって。別れたんだ、その後で」
「なんで……」
「どうしてかな…、彼に触れられたり抱かれたりするのが、しっくり来なくなって」
問いかけに、松田はもう指輪のない中指をなぞりながら、言葉を選んで答えた。

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