■第13章(1)

「松田君、お疲れさま。今日はもういいよ」
閉店後のミーティングを終え、片付けに入ろうとしたところで店長に声をかけられた。先輩達が作業しているのに帰れないと言うと、
「ここ最近、一番頑張ってたでしょ。みんなも分かってるから、たまには早く帰って休みなさい」
と言われ、他のスタッフからもさあさあと背中を押されて外に出されてしまった。
(まいったな…)
あまり長く自宅にいたくない。俊介との思い出が多すぎて、特に週末は、あれから俊介のいない部屋に帰るのが辛くて。だから仕事に没頭して、帰ったらシャワーを浴びて寝るだけの生活を心がけた。
『…ごめん、別れよう』
正人にも先日、決意を告げた。もちろん納得などしてもらえず、どれだけ問いつめられても松田はただ謝るしかなかった。
『どうしても、だめなのか』
問いかけに頷くと、正人は何も言わずに松田の腕を離し、その場に崩れ落ちた。

もう、誰も選ばない。早く忘れて、仕事にだけ目を向けられるようにしないと。

引越しも考えて、街中で賃貸情報誌を見つけると手に取るようになった。今度の休みに、どこかの物件でも見に行ってみようか。遅くまで仕事しても困らないように、できるだけ仕事場の近くがいい。そんなことを考えながら、鍵を取り出すためにポストを開けた。

「…これ…」
そこには、俊介に貸していた本が入っていた。そうか、あの時、結局持って帰って来なかったんだっけ…と、振り返る。
あれから、俊介とは連絡が途絶えた。諦めるにしても、あんなひどい別れ方をすることはなかったのに。
いや、諦めようと思っているのにこうしてポストに鍵を入れておいたり、食事を多めに作ったりして、女々しい自分の行動に嫌気がさして来る。
取り出した本を持つ手が震える。来たのだ、俊介がここに。いつ来たのだろう、まだ近くにいるのではないか。姿は見えないのに、息ができないほど恋しくて、苦しい。
ただ、俊介が本を返すのに黙ってポストに入れて行ったのは、もう自分とは関わらないということだろうと思った。鍵も使われた様子はなく、当然部屋に入っても俊介は待っていない。
…好きな気持ちを抑え込んでいられれば、こんなことにならずに済んだ。
俊介に他に想う相手がいても、自分はただのセフレでも、我慢していれば。一緒にいられないのがこんなに辛いなんて思わなかったんだ。
「…だから早く帰るの、嫌だったのに…」
こんなことを考える時間は欲しくないから。
本を棚に戻して、別の本を手に取った。
『ねえ、この本貸してよ。で、読み終わったら次それ貸して』
『今日2冊とも持って行っていいよ?』
『やだ、分厚くて重いし。どうせ、ちょくちょく来るし…』
本の表紙を眺めながら、松田はそんなやり取りを思い出していた。

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