■第12章(3)

週末を失恋の傷心で泣いて過ごすなどと、一体いつの自分が想像できただろうか。
いつもなら松田の部屋で彼の匂いを感じながら過ごす時間のほとんどを自室のベッドで過ごして、少しでも松田のことを思い出すと涙が出るような有様だった。
(マッチー、ほんとはずっと我慢してたのかな…)
当然だろうな、と思った。元はと言えば俊介が無理矢理組み敷いて強姦したのが始まりだったのだ。セフレになったのも、俊介が以前のように誰彼構わず関係を持つのをやめさせる為だった。

『いいじゃん、彼氏と別れて俺と付き合ってくれって言ってる訳じゃないんだし』
『…そっちの方がまだ検討の余地があるよ…』

セフレにならないかと持ちかけた時のやり取りを思い出す。あの時、本当に付き合ってほしいと頼んでいたら、松田は自分を選ぶことを考えてくれたのだろうか。
…そんなことを考えたって、今さら遅い。
枕元の本を手に取ってパラパラとめくってみる。返そうと手渡した直後にあんなことになって、松田が落としていったものだ。もう会いには行けないから、こっそりポストに入れておこうか。それとも、せめて一つでも松田を感じられるものとして、このまま貰ってしまおうか。
松田から貰った物なら他にもある。高校に入学する前にプレゼントされた手帳。重い体を起こして勉強机の上のそれを手に取ってみれば、ほぼ恒例になっていた週末の部屋通いも欠かさず書き込んであり、夏休みの旅行には丁寧にマーカーでラインまで引いてあって。浮かれてんじゃん、と当時の自分を振り返る。最後に書き込まれた予定は朝矢を店に連れて行った金曜のもので、そこから先は真っ白のまま埋まることはないのかと思うと、じわじわと視界を滲ませるものがこぼれ落ちて染みにならないうちに閉じて戻した。


「うわ、今日は一段と眠そうだなー」
休み明けの教室でぐったりと机に顎を預けていると、通りがかりに朝矢が声をかけてきた。腫れぼったい瞼がそう見せるのだろう。寝不足なのも間違いないが、泣き腫らしたという方が正しい。泣くのがあんなに体力を使うものだとは思わなかった。いっそ休んでしまおうかと思ったぐらいだ。
「金曜、悪かったな。あんなカッコで帰らせちゃって。大丈夫だったか?」
前の席に腰掛けた朝矢に詫びを入れると、別に平気、と答えながら何故か頬を赤らめた。ちらちらと視線が木下の方を追っているのは、あの後迎えに来てもらって一盛り上がりあったのだろう。
「でさ、帰る時にちゃんと挨拶もしてないし、松田さんにお礼したいんだけど」
一番触れられたくない話題に、俊介の胸の奥がざわざわと音を立てた。
「お礼なんていーよ、向こうだって練習でやってんだし」
机に突っ伏して話を遮ってしまう。なんだよー、と不満そうな声を出す朝矢に疲れているから後にしてくれと言えば、
「なに、またあれ?彼女んとこにお泊まり?」
「うっせ、ちげーよ…」
追い打ちをかけるような指摘に、喉が詰まった。

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