■第12章(2)

「…彼と、別れようと思う」
しばしの静寂のあと突然告げられた松田の決意に、俊介は目を見開く。
「俊とも、こういうの…終わりにしたい」
暗闇の中で、松田がぐっと下を向いた。噛み締めた唇から不規則に息が漏れている。
「俊のせいだ…みんな、全部、ぐちゃぐちゃで…もう、」
掌が目を押さえる。震える声が、涙に濡れた。
俊介は狼狽した。松田が自分の前で泣くのは初めてではない。ただ、今までそれへの対処としてきた松田への接触は、今は拒否されている。どうしたらいいのか分からなかった。
「彼氏に…バレたの」
訊ねても松田は違うと言う。では、何故。
「もうだめなんだよ、今のままだと…これ以上、こんなこと続けていられない…」
ぽた、と指の間から雫が落ちたのが見え、思わず差し出した手はあっけなく払い除けられた。松田の肩の震えが一層大きくなる。
「俊だって…好きな人がいるんなら、俺じゃなくてもいいじゃないかっ…」
「え…?」
「本当に、俺には相談してくれないんだね…そうしてくれたら、ちゃんと、応援してあげられると思ったのに…」
薄く笑いを含んだような、それでいて自嘲気味に松田は続ける。
なんだって?好きな人?そんなの、いない。
「ね…何言ってんのか、わかんねーよ…」
松田以外に、いない。
「マッチー、俺は」
「聞きたくない…!」
一歩近づいた俊介から逃げるように、松田は玄関の扉を開けた。廊下の照明に照らされたその顔には痛々しいほど涙が伝って、息を呑んでいる間にも幾筋も流れ落ちて。
「…っ、」
松田が何も言わずに駆け出したのとほぼ同時に、閉じた扉が二人の空間を隔てた。

「…なんなんだよ…」
さっきまで松田がいた場所に立って、俊介は呆然と呟いた。訳が分からない。松田の言っていたことも、泣き出した理由も。
ただ、激しい拒絶。それだけが俊介の心に突き刺さった。

『俺じゃなくてもいいじゃないかっ…』

「そんなこと、ないのに」
一緒に過ごすのも、他愛無い話をするのも、髪に触れるのも、キスをするのも、抱き締めるのも、熱を分け合うのも。
松田以外になんて、もう考えられない。松田でないと嫌だ。

…好きだから。

「はは…だっせ」
ごつ、と扉に額をつける。何もかも拒絶されて去られてから気づくなんて。今さら。瞼がじわっと熱くなって、慌ててぎゅっと目を閉じた。それでも体の奥から滲んでくる液体は、僅かな隙間を縫って外に出て行こうとする。諦めて薄く開くと、一気に頬を流れ落ちた。
「っ…、くそ…っ…」
力なく扉を叩いた拳を誰に向けることもできず、その場に崩れるように膝を折った。こんなに涙が出たのはいつ以来だろう。はらはらと落ちるそれを拭うことなく、俊介は初めて感じる恋の苦しさに苛まれて泣き続けた。

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