■第12章(1)

髪にゆるいくせをつけ、ぱっちりと大きな目になるようメイクを施された朝矢は、小柄なせいか女の子だと言っても騙される者がいるのではないかと思うほどの良い出来だった。
少しからかってやろうとそのまま店の外に引っ張り出して「彼氏に見せてやれ」と言ったら大層怒らせてしまい、俊介は一人で店に戻った。
「あれ、朝矢君は?」 ストレートアイロンとメイク落としの準備をしていた松田が驚いた表情を見せる。帰った、と仏頂面で告げると、また何かしたのかという顔をされたが、いつもならあれこれと説教じみたことを言って来るはずのところで、何も言わずに背を向けられてしまった。
「俊も、遅くなる前に帰って。俺はまだ片付けあるから」
「え、一緒に帰ろうよ。俺明日休みだし、ちょっと遅くても平気だって」
何か手伝うけど、と続けても、返事はない。疲れたのだろうか。俊介は首を傾げて、椅子に腰掛けるとまた雑誌をめくり始めた。

「マッチー、うち寄ってってよ。こないだ持ってった本返すから」
帰り道、そう言って自宅の方角を示すと、松田は明らかに難色を示した。時間はかけないからと説得して、マンションへ向けて歩き出す。
「朝矢なら、心配いらないと思う。どうせ彼氏が迎えに来るし、今頃仲良くやってるよ」
「…俊は…」
「ん?」
「いや、なんでもない」
そんな会話を繰り返すうち、部屋の前までやって来た。どうぞと促しても、松田は玄関に立っているだけで靴を脱ぐ様子はない。俊介はしびれを切らし、とりあえず借りた本だけ取ってくることにした。
「これ、サンキュ。また別の貸して」
「…じゃあ、俺これで」
「マッチー、」
そのまま帰ろうとする松田の進路を遮るように、俊介はドアノブを先に押さえた。
「どうしたの。なんか変だよ。疲れてる?」
「…そんなこと、ない」
松田は顔を上げない。玄関の電気を点けていないので、表情が窺い知れない。それが俊介の不安を煽った。
「もしかしてまた具合悪い?無理しないでうちで寝てけば。服なら俺ので入るし、」
「やめてくれ!」
「っ…」
突然声を荒げた松田にびくりと驚いて、俊介は思わず一歩後ずさった。
松田はここが玄関だということを思い直したのか、はっと口を噤んで、それでも俊介の方は見ようとしなかった。怒りでなのか、肩が震えている。
「もう、たくさんだ…こんなの…」
独り言のように絞り出された声も震えている。
俊介は何も言えなくなって、その場に立ち尽くした。こんな風に松田から拒絶されたのは初めてだ。
…怖かった。

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