■第11章(4)

(最低だ……)
松田は自責の念に駆られた。
恋人相手に、イッた振りなんて。以前は恋人がいながら俊介と関係を持っても反応してしまう自分をひどいものだと思っていたが、それがいつしか正人とのセックスを拒むようになり、久しぶりにしてみたら感じることが出来なかったなんて。
…いや、色々思い悩んで雑念が多かっただけかも。
でも、もしまた俊介として、乱れてしまったら。
そう思うと恐ろしくて、正人だけでなく俊介にも「疲れている」と言って拒むようになってしまった。俊介は特に気に気にする様子もなく、じゃあ早く休むべきだと松田をベッドに追いやって、自分もその横で何もしないで丸くなっているだけだった。そんな状態が2週間ほど続いた頃。
「そういえばさ。カットモデル頼める奴、いたよ」
松田がまだ眠っていないと分かってか、俊介は小声で話しかけて来る。心臓が一度大きく音を立てた。頼んだのは自分だ。できるだけ平静を装って、話を続けてみる。
「ありがとう、助かるよ。お店使えるのは…来週の金曜かな。閉店してからだけど、来られそう?」
「ああ、そいつバイトとかしてないし、平気。伝えとく」
俊介はその子を「そいつ」と呼ぶ。学校以外の生活もあらかた把握している。そんなことが垣間見える一言一言に、心を刺されるような気分だった。
「えっと…どんな子、かな。かわいい?」
なのに、ついこんなことを聞いてしまう。
「んー?まあ、どっちかっていうと」
その子のことを思い浮かべているのか、俊介がくすりと笑うのが聞こえた。

「マッチーに会わせたいと思ってたんだ。たぶん気に入ると思う」

見開いた目の前が、ぐらりと揺れた。

「…そっか。楽しみだな」
そう返すのがやっとで。
次の瞬間、胃が締め付けられるような悪心に襲われた。
「っ…、」
すぐにベッドを降り、トイレに向かう。驚いて後を追ってくる俊介が入って来られないように鍵をかけて、せり上がって来るものを吐き出した。俊介はしばらく扉の外から松田を呼んでいたが、答えずにいるうちに止んだ。
(何やってるんだろ…)
吐いたものを流して、目に浮かんだ涙をごしごしと擦る。口を濯いで部屋に戻ると、リビングの間接照明が点いた中、俊介が駆け寄って来た。
「これ、ぬるま湯だけど。飲んで」
いつの間に用意したのか、松田をソファに座らせて、カップを差し出す。松田がそれに口をつけている間、ずっと背中を擦って。
「体調悪かった?飯、無理して食べてないよね」
「ごめん、なんか急に…もう大丈夫だから」
…だから、そんなに優しくしないで。他に誰かいるなら、もう俺に構わないで。そう思うのに。
横になろうとベッドに戻れば、洗面器とミネラルウォーターが置いてある。自分のために。さっき拭ったはずの涙がまた滲んで来て、
「広い方が良かったら、俺ソファで寝るけど」
そう言われたけれど、引き留めてしまった。

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