■第11章(2)

邪魔をしてはいけないかとじりじりしていたが、結局食事を済ませてから俊介に電話をかけてしまった。
「夕飯、ありがとう。美味しかった」
表向きは、作っておいてくれた食事のお礼。それから、保護者がわりとしての様子伺い。
「俊はちゃんとごはん食べた?」
『…クレープ食わされすぎてそれどころじゃない…』
「クレープ?」
いかにも女の子が好みそうな甘いものの名前に、松田の頬がひくりと引き攣った。聞けば、文化祭でのクラスの出し物はクレープを提供する休憩所だそうで、基本的には有志参加だったところを人手が足りないからと駆り出されたらしい。今日はクレープのメニューを決めるための「腹」要員として駆り出され、他の子が一口味見した残りを平らげる役割を負わされたとのこと。
「そう…大変だったね…」
それって間接ナントカじゃないの、と思いながら、その思いが出ないように気をつけて話を続けた。
やはり文化祭は祝日で、夜まで仕事が入っている松田には見に行けそうにない。行きたかった、と言ってみれば、恥ずかしいから来なくていいと一蹴された。何が恥ずかしいのか、クラスに気になる子でもいて、一緒にいるところを見られるのがいやだということか。ぐるぐると思いは巡ったが聞くこともできず、代わりにこんなことを聞いてみた。
「そうだ俊、クラスにカットモデルやってくれそうな子いないかな?今、ちょっと探してて」
ウィッグを使っての練習を繰り返すうち、そろそろ人の髪を切ってもいいかもねと店長に言ってもらえたのだ。もちろんまだお客様を預かれる力量ではないが、協力してくれる人がいるのなら実際に切ってみて、感触を掴んでみたらどうだという。そうは言ったものの松田の知り合いの女の子達は皆同業者で、同じ立場だ。だから、鎌をかけるつもりで俊介に聞いてみたのだ。
『カットモデル?女で?』
「うん、できれば…ショートじゃなくて、切れる長さのある子。あとよかったらメイクの練習もさせてもらいたいんだけど」
『んー、わかった。声かけとく。でも文化祭終わってからだよ』
俊介の返事は、あっけなかった。
「……」
『マッチー?聞いてる?』
「あ、うん、ありがと。じゃあ、お店使える日が分かったらまた連絡するから」
ぷつ、と電源ボタンを押し、松田は呆然とソファに沈み込んだ。
「いるんだ…」
こういうことを、気軽に頼めそうな相手が。自分の知らないところで、俊介は。
「…どうしよう」
思いのほか、動揺が大きい。額に手を当てて深呼吸しても、吐く息が震えている。
でも、これで諦めがつくかもしれない。俊介の彼女になり得る子を直接紹介されれば、現実を受け入れられるかもしれない。…昔の、あの時のように。
そうしたら、自分は今まで通り正人と一緒にいればいいのだ。それで全てが丸く収まる。全てが。
額に当てた手を浮かせてみれば、薄くなった傷跡がぴりっと痛むような気がした。

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