■第10章(6)

ベッドを共にして何もしなかったのは、久しぶりかもしれない。
松田の一挙手一投足がいちいち気になるのはそのせいか、休みだからと寝ぼけ眼でごろごろし続ける俊介の横で肌を露にして着替える様とか、コーヒーを淹れる指先とか、カップを運ぶ唇とか、目について仕方がなかった。
ここ半年は松田としかしていないのだから、彼を見れば欲情するように思考回路が改竄されているんだろう。ただ、松田は違う。俊介ではない、本命の恋人がいる。松田は俊介に迫られれば寝ることを拒みはしないが、自分から誘って来ることは全くない。ただされるがままに抱かれて、自分から俊介に触れてくることはない。恋人に対しては、どうなのだろうか。自ら体を擦り寄せ、その指先で、唇で…

当たり前だ。向こうは恋人で、自分は押し掛けのセフレなのだから。

「…くそ、なんかイライラする」
面白くない。
自分とだけ、していればいいのに。
自分にだけ、蕩けた顔を見せればいいのに。

多分、今まで相手にしてきた女たちは、俊介のことしか見ていなかったから。だから、初めて他に恋人のいるセフレを持って、自分が一番でないのが面白くないのだ。自分はもう、松田にしかそういう気が起きなくなっているというのに。
そういえば敢えて聞かなかったけれど、火曜日は松田が恋人と映画デートをしたはずだ。映画を見て、食事をして、二人で過ごして、その後は。
(決まってるよな)
全身を染めて淫らに喘ぐ松田の姿が思い起こされ、眉が寄った。なまじ相手の顔を知っているだけに気分が悪い。
「くそ、」
もう一度吐き捨てて、俊介は立ち上がった。
このまま松田の帰りを待っていたら悶々と考え続けて、またひどい抱き方をしてしまいそうだ。せっかく昨晩は我慢したというのに。
冷蔵庫を開けて、昨晩の残り物と組み合わせて味を変えられそうな材料を二つ三つ見繕い、適当に調理する。

『俊は、一人で何でもできちゃうんだねー』

初めて松田に自分が作ったものを食べさせた時だったろうか。そう言われたことがあった。確かに、身の回りのことは一通り出来る。そうしないと生きて行けないような環境に身を置いているからであって、好きで覚えたことではないのだが。
それに、あれもこれもそれなりにこなせる自分よりも、色々と不器用で不便そうな他人の方が幸せそうに見えるのは、一体どういうことなのか。
「…めんどくさ」
鍋の中身の粗熱が取れたことを確認すると蓋をして冷蔵庫に押し込み、テーブルの上にメモを残して、微かな靄はそのままに俊介は部屋を出た。

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