■第10章(2)

「別にたいしたことしてねーよ。向こうが一人暮らしだから部屋上がって、一緒に飯食って、テレビ見て、ごろごろして、たまに泊まってくぐらいで」
「完全に付き合ってるだろ、それ」
「は?違うって言ってんだろ」
ぼそりと言ったのは木下で、俊介は眉を寄せて呆れ顔をして見せた。
いつも松田の部屋でしていることといえば、本当に普段の生活を別の部屋に持って来たようなものだ。
「でも、それって俺たちと同じだよ」
朝矢が不思議そうに口を挟む。そういえばこの二人も、片方が一人暮らし、そこにもう一人が上がって一緒に過ごしているパターンだ。とはいえ、行動パターンが同じだからといって関係まで同じではない。
「決定的に違う。俺はその人の彼氏じゃないから合鍵持ってないし」
紙コップのストローをいらいらと噛み続けながら、俊介はなおも否定する。吸い込んでみても中身の液体はもうなくて、ずず、と不快な音がした。
「相手の人は、付き合ってると思ってるんじゃないのかなー」
「それはない。向こう、2年半付き合ってる彼氏いるし」
「「…は?」」
俊介の発言に、純粋カップルは揃って頓狂な声を上げた。ほらきた、だから嫌だったんだと、俊介はがしがしと頭を掻く。何故、誰にも内緒にしていたことをよりによってこんな近しい人間に話さなければならないのだ。
「え…じゃあ俊、彼氏いる人とそういう関係ってこと?」
「だから最初っから俺が彼氏な訳じゃないって言ってんだろーが」
これ以上話すのは嫌で、俊介がごみしかなくなったトレイを持って席を立ったその時だった。

「なるほどな。お前の相手なんかする物好きがいると思ったら、そういう軽々しい奴ってことか」

散々俊介の嫌味を浴びせられてきたのだ、木下のその言葉も単に嫌味のつもりで言ったのかもしれない。
ただ、それを聞いた瞬間、俊介の頭が、目の前が真っ白になった。
ガタン!と音がして店内の注目が集中したその席では、俊介が木下の襟首をぎりぎりと掴み上げていた。
「ちょ…ちょっと、やめろって…!」
朝矢が蒼白になって止めに入るが、俊介の手には力が入るばかりだった。
「…ふざけんなよ」
自分でも驚くほど、低くて冷たい、怒りに震える声だった。目を見開く木下の襟をさらに引いて、続けた。
「俺は何言われたっていいんだよ。でもな、知りもしねー人のこと勝手に蔑んでんじゃねーよ…」
松田は。松田はそんな人ではない。なぜ、他人からそんな風に言われなくてはいけないのだ。会ったこともない他人に、あの人の何が分かるというのだ。
悔しくてたまらなくて、真っ白だった目の前がじんわりと滲んで来る。
「オミ、今のはオミが悪いよ。謝れって」
「…くそっ」
どさ、と木下を椅子に突き飛ばして、俊介は周囲には目もくれずに店を後にした。

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