■第9章(6)

月曜の仕事を終えて、松田は正人の部屋に身を寄せていた。
「明日さ、映画10:30の回でいい?終わったらちょうど昼飯だし」
「ん…そうだね」
すぐに冷やして薬を塗ったおかげでひどいことにならずに済んだ軽い火傷は、少し赤みが残っただけでほとんど分からない。左手を眺めていると、正人が不思議そうに覗き込んで来た。
「手、どうかした?」
「あ、日曜にちょっとドライヤーで火傷したんだけど。たいしたことなくてよかったなと思って」
「なんだ火傷か」
「なんだとは何。結構焦ったんだけど」
「いや、左手なんか見てるから、俺はてっきり」
…こっちに指輪が欲しいのかと思って。
そう言って、正人は松田の薬指をつっとなぞった。
「なっ…! 正人って、結構恥ずかしいこと言うよね…」
手を後ろに引っ込めて、松田は顔を赤らめた。
3月、松田の18歳の誕生日にペアリングはもらっている。ただそれは中指のサイズに合わせたもので、そこまで重い意味はない…のだと解釈していた。
もし、正人が本気で自分と一緒になることを考えているのだとしたら。
いや正確には男同士で結婚できる訳ではないのだが、ずっと生活を共にするつもりでいるのだとしたら。
(…どうしよう)
今、言われても受けられない。
自分がまだ社会人として未熟だから?違う。正人がまだ学生だから?違う。そんなのは建前でしかない。
何度も、何度も考えた。認めてしまうのが怖かった。自分には正人に対する責任があると思った。
でも、どう回り道をしても、答えはひとつしか出なかった。

仕事を始めて少し痩せたのだろうか、手慰みに弄ってみると、中指にはめた指輪はくるくると回るくらいになっていた。
『マッチーもしっかり食べてちゃんと寝てください』
俊介は気づいていたのだろうか。
(昨日の夕飯のお礼、ちゃんとしてない…)
温め直して食べた煮物は、いつの間に覚えたのか松田家の味に近いものになっていた。それだけではない。松田が帰ってから食事を作るのを手伝うだけだった俊介が、いつの間にか松田が帰る頃に出来上がるように食事を用意してくれることが多くなった。
『マッチーの仕事に支障が出たら、俺も嫌だし』
実際、ミスをした。
俊介は、自分以上に自分のことをしっかりと見ていたのかもしれない。
俊介「も」正人「も」綻びのもと、というのは違うのではないだろうか。もし、俊介を選ぶことができたら。彼は松田のあちこちに生じる綻びを、修復してくれるのではないだろうか…?
(…まさか、それはないか)
今までどれだけ、俊介のことで頭を悩ませてきたと思っている。こんなにぐるぐる考えて、息苦しくて、辛くて。
正人を選んだ方が、幸せではないか。俊介と出会う前のことを思い出せば分かるはずだ。正人が好きで、一緒にいると嬉しくて、何をしても楽しくて。
…なのに。
自分はもう、俊介と出会ってしまったのだ。
好きで、一緒にいると嬉しくて、何をしても楽しくて。全部、正人とずっとこうしていられたらと思っていたことなのに。
「ナオ?もう寝よう、朝飯ゆっくり食いたいし」
「ああ、うん…おやすみ」
結論は、ひとつしか出せない。

BACK←→NEXT
スピンオフトップへ


長編/短編/お題
サイトトップへ


広告が表示された場合はレンタルサーバーによるものです。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送