■第9章(3)

松田を振り返り、ふわりと笑う俊介。
「俊…?」
手を伸ばして触れようとするのに、あと少しなのに、届かない。
「俊、」
どうしたら。

どうしたら、俺を好きになってくれる……?

「…ッチー、マッチー!起きろって!」
俊介が上げた珍しく大きな声に、はっと目を覚ます。ぱちりと開いた目に、俊介はやれやれというように溜め息をついた。
のそのそと起き上がり、携帯に手を伸ばす。
「あれ、アラーム…」
「俺がとっくに止めた。朝飯用意しとくから、早く仕度しなよ」
「……、ありがとう…」
確かに、携帯に表示された現在時刻はアラームが鳴るべき時間を過ぎている。寝坊なんて子供の頃からめったにしないのに、しかも起こされるまで全く気がつかないなんて。そういえば、いつもは松田が出勤するまで寝ている俊介が、今日はしゃっきりと起きているし。
…さっきの夢。
あのまま手を伸ばし続けたら、俊介に触れることができたのだろうか。
この手の中につかまえて閉じ込めてしまいたいと言ったら、俊介は何と言うだろう。
「マッチー、」
キッチンでフライパンを温めながら、俊介がもう一度松田を急かす。
「あ…うん、ごめん」
松田はようやくベッドから降りると、慌ただしく洗面所に向かった。

「マッチー、体調悪いの」
「そんなことないよ?食欲もあるし」
俊介は松田の作る食事が美味しいと言うけれど、そう言う本人もそれなりだ。ちょうど良い仕上がりのスクランブルエッグをトーストに乗せて口に運ぶ。普段より少し急いで食事を続けるその様子をじっと見ていた俊介が、食べながら聞いて、と口を開いた。
「あのさ、疲れてんなら、ちゃんと言ってよ。仕事に支障が出たらマッチー困るだろうし、俺も嫌だし、その」
もごもごと言いにくそうにする俊介に、松田は首を傾げた。
「寝坊のこと?ごめんね、今日は起こしてもらって」
コーヒーを流し込んでごちそうさま、と席を立つ。洗っとく、と言う俊介に食器を任せて歯を磨きに行くと、俊介は後ろから着いて来た。
「あ…あのさ、ちょっとは俺のせいじゃん、今日マッチーが寝坊したの」
「? 俊は起こしてくれたんだろ。俊のせいって……あー…」
俊介の言うことに思い当たるふしがあるとすれば、昨晩のセックス。結構しつこく攻められて、どろどろになるまで致してしまったのだ。
思い出してしまい、互いに黙り込む。気まずさをすすぐようにうがい水を吐き出して、俊介とは目を合わせずに玄関へ。靴を履いていると、後ろからやはり言いにくそうな俊介の声が降って来た。
「…だからさ、嫌なら嫌って言えばいいし、俺、別にそこまでしてヤりたいわけじゃねーし…」

思わず振り返った自分は、一体どんな表情をしていただろうか。

「…そう。 じゃ、行ってくるね。戸締まり、ちゃんとしておいて」
「あ、」
これ以上、何か言われる前に。
扉を閉めて、俊介の声が届かないようにした。

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