■第8章(3)

俊介の通う高校は前後期制で、9月末に期末試験を控えている。机に齧りついて勉強しなくても特に問題ないと思った俊介は、格好だけは教科書や問題集を持って松田の部屋でごろごろしていた。
それに、目下勉強よりも気になることがあるのだ。
「どうしたの、進んでないね」
夕食を済ませてシャワーを浴びて来た松田が、開いたまま真っ白なノートを覗きながら隣に座った。そのノートを閉じてシャープペンをテーブルに転がすと、俊介は松田に凭れ掛かる。
「あのさあ、マッチー…好きなのに気持ちを伝えちゃいけないことって、あんのかな」

思い浮かべたのはクラスメイトの二人だ。
月曜、朝矢が顔に目立つ怪我をして登校してきた。週末に木下と一緒にいる時に負ったものらしいが、何を思ったのか木下が朝矢を避けるようになったのだ。他のクラスメイトと話す木下を辛そうに目で追う朝矢を見て、俊介も胸が痛んだ。気分転換になるかと朝矢を買い物に連れ出して、木下への想いを聞き出したのが今日の昼間だった。

腕組みをして悶々と考え込む俊介に、松田はあくまで自分の考えではあるが、と前置いて話し始めた。
「相手が好きになっちゃいけない人だったら、…自分がそう思ったら、なかなか言えないんじゃないかな。俺もね、伝えるかどうかすごく悩んだよ」
「彼氏? でも、上手く行ったんじゃん」
「うん…そうなるとは思ってなかったんだよ。言ってしまったらもう友達でいられなくなるし、二度と会わないつもりでいたから…」
当時のことを思い出しているのか、松田は少しだけ微笑んで目を伏せる。だからね、と続けた。
「関係が壊れてしまうくらいならこのまま友達でいたいって、言わないでいることもあると思うよ」
「ふうん……」
二人はあんなに仲がいいのに、あんなに互いを必要としているように見えるのに。
少しでも離れたら辛そうで。
「俺、なんかしたら余計なお世話かな」
床とにらめっこするのをやめて松田を見上げれば、妙に嬉しそうな顔をしている。
「…なに」
「ふふ、俊がそんなに友達のこと心配するなんて、変わったなあと思って」
「……」
俊介は松田に凭れていた体をぐいと起こすと、がしがしと頭を掻いて立ち上がった。
「シャワー借りる。頭回んね」
「どうぞ。部屋着、用意しようか?」
「ああ…っと、オネガイシマス」
帰るか、泊まるか。いつも少し考える振りをして、いつも朝まで松田の部屋にいる。
ただ、夏休みに松田が見せたあの表情が忘れられず、ベッドを共にしても抱くことのないまま数週間が過ぎようとしていた。

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