■第8章(1)

松田の様子がおかしいと俊介が気づくのに、そう時間はかからなかった。

墓参りの後、ホテルにチェックインしてラフな服装に着替え、松田が小さい頃遊んだという川へ出向いた。裸足で立った河原の石は太陽に照らされて焼けるように熱かったけれど、水は驚くほど冷たく、火照った体にはちょうどよかった。
「いい所だね」
水に足をつけたまま河原に寝転ぶ。陽射しを遮るように腕で顔を覆って独り言のように呟くと、
「でしょ?俺、年取ったらここで余生を過ごしてもいいなって思ってるぐらいでね」
松田が隣に寝転ぶ気配に薄目を開けて見れば、濡らしたハンカチを瞼に乗せているところだった。…泣いて腫れたのを気にしているのだろうか。
ゆっくり起き上がったつもりだったが、松田の顔の横に手をつくと、石がじゃりっと音を立てた。松田がぴくりと反応したのには構わず、肘を折って顔を寄せる。
口づけても松田は動かない。一旦離れて、松田の目の上のハンカチをどけた。
「俊……、ん」
もう一度唇を塞いで、今度は深く口づけた。何度も角度を変えながらキスを繰り返すうち、松田の腕が俊介の背中に回る。引き起こして、またキスをして抱きしめた。
「…どうしたの」
「別に」
キスはセックスの時だけではないのかと暗に聞かれているような気がして、俊介はぶっきらぼうに一言だけ答えると、あとは黙って松田を抱きしめていた。
暑さに負けてホテルに戻ろうとハンカチを拾い上げる頃には、その表面は温まって乾きかけていた。

翌日東京に戻ってからはそのまま松田の部屋にいるのだが、ソファで並んで思い思いに過ごしている時、ふいに松田に声をかけられた。
「俊、ちょっといいかな」
「ん?なに」
めくっていた雑誌から顔を上げると、松田の手が伸びて来て俊介の頭を抱き寄せた。松田からスキンシップを図って来ることはそれほど多くなく、こんな明るいうちからその気になったのかとからかってやろうとしたが、ついていないテレビの液晶画面に写り込む松田の顔を見て口を噤んだ。
とても寂しそうで、悲しそうな表情をしていたから。
「……」
俊介はもぞもぞとソファの上を移動して松田の膝の上に跨がると、その肩に顔を乗せて体を密着させた。ほどなくして、ぎゅっと抱きしめられるのを感じる。松田の表情は窺い知れないが、こうすることで少しでも和らぐのならと、俊介はその腕を自分から解くことはしなかった。

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