■第7章(5)

朝早い新幹線に乗り込み、乗り継ぎを重ねて辿り着いた母の故郷は、陽射しを受けて眩しいほどに緑が生い茂っていた。そよぐ風も都会に比べると澄んでいるように思えて、深く吸い込んで吐き出す。
「気持ちいいねー」
小さい頃は家族で来ると、この風景を見ただけで嬉しくなって走り回ったものだ。
「川もあるんだよ、冷たくて水もきれいで。後で行こう」
俊介を振り返ると、眩しそうに目を細めながら「マッチーがガキに見える」と笑っていた。
肩を並べて、歩いて10分ほどの場所にある寺に足を踏み入れる。手桶を借り、途中で買った花を携えて母の墓前に立った。
お盆に父や親戚が来たからだろう、墓の周りはきれいに掃除されていて、松田は一礼すると少し伸びた雑草だけ引き抜いて、墓石を磨いて花を替え、線香を香炉に立てた。松田に続いて俊介も線香を手向け、順番に墓石に水をかける。重力に従って落ちる水が、きらきらと光を反射した。
手を合わせて目を閉じると、風を受けてさわさわと鳴る木々の葉や蝉の声、すべて思い出として心に残っている音だけが耳に届いた。

母さん、遅くなってごめんなさい。
俺は元気です。まだ何もできないけど、就職して頑張ってるよ。母さんみたいに、皆に愛される美容師になれるように。
…隣にいるのは、俺の大切な人です。
誰よりも、大切な……

目を開けて横を見る。俊介は合掌を終えて、墓石をじっと見つめていた。
「行こうか。ごめんね、付き合わせちゃって」
「マッチー、」
俊介は墓石から目を逸らさず、少し目を伏せたまま松田に話しかける。
「寂しい…?」
松田も、もう一度墓石に目をやった。
「うん、そうだね…寂しいよ」
思い出すのは楽しかった日々ばかりで、大事な人を失うのがこんなにも辛いことなのだと痛いほど思い知った。もっと一緒にいたかったし、してあげたいことも沢山あったのに。
不意に目頭が熱くなって、松田はハンカチを出して瞼を押さえた。
「…ごめん」
俊介の声に首を振る。すん、と鼻を啜り、行こう、と促した時、俊介の腕が松田を遠慮がちに引き寄せた。
「俊……」
一度は抑えた涙が、再び溢れてくる。松田は俊介の肩口に顔を押し付け、背中に縋った。俊介の黒いシャツに涙の染みが広がって行くけれど、その手が優しく髪を撫でるから、離れることができなかった。
ざっと、強い風が通り抜ける。よろめきそうになった松田の肩を、俊介が強く抱き寄せた。

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