■第7章(4)

「いってらっしゃい。頑張って」
松田は休みに入る前日、正人を合宿に送り出した。まだほとんど人のいない早朝の駅で、周りを気にしながら軽く唇を合わせる。
正人の部屋から自宅に戻る電車の中で、松田は欠伸を噛み殺した。

地方まで墓参りに行くと言ったら店長が気を利かせてくれ、その日は早く上がることができた。
「お疲れー」
部屋に帰れば、鍵を渡して先に来させていた俊介が出迎えた。店長も、まさかこの少年と一緒に行くのだとは思っていないだろう。鞄を置いて食事の仕度をしながら、自然と頬が緩んだ。手伝いのため隣に立った俊介が松田を覗き込み、面白そうに指摘する。
「なに、機嫌いいじゃん」
「そりゃあ…」
好きな人と旅行に行くなんて初めてだから。
本音を言いそうになり、口をつぐむ。
「…久しぶりだからね。お墓参り」
そう言って、手元の皿に目を移した。そういえば、今日のおかずは母がよく作っていた煮物だ。家を出る時に、母が遺したレシピを自分のノートに書き写して持って来て。同じように作れているだろうか。優しかった母が台所に立つ姿を思い出して、少し胸がきゅっとなった。
「さ、運んで。食べよう」
母が自分にしたように俊介の頭を撫でて、松田は台所を後にした。

立秋を過ぎても8月下旬はまだ猛暑が続き、夜が更けてようやく過ごしやすくなる程度だ。窓を開けて風を通しながら、松田は俊介とベッドに寝転んで話をした。
「ね、マッチーってさ、お母さん似?」
「そう思う?」
「うん、なんかうちの母親より母親らしいっつーか」
「はは、本物のお母さんにはかなわないよ」
「そんなこと、ないって」
俊介の手が、ぎゅ、と松田のTシャツの裾を握る。離婚して俊介を引き取る前から仕事第一だという母親と親子らしい関係を築けていない彼には、求める母性は実の母親には見出せないのかもしれない。松田はその点も鑑みて、俊介に情愛を向けて来たつもりだ。
俊介の後頭部にそっと手を差し入れて、自分の胸元に引き寄せた。
「もう寝ようか、明日は早いよ」
引き上げたタオルケットごと、俊介の肩を抱く。いつもなら暑いだのと悪態をつく俊介だが、今日は大人しく松田の腕の中におさまっていた。
「おやすみ、俊」
……愛してる。
気づかれないように、そっと髪にキスをする。静かな部屋に寝息が聞こえるようになってから、松田も目を閉じて眠りに入った。

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