■第7章(2)

高校生の俊介も大学生の正人も、7月中旬には長い夏休みに入った。
「マッチー、夏休みないの」
「ナオは夏休み、取れないのか」
二人から同じことを聞かれ、松田は後でこっそり苦笑した。8月になると、スタッフは交代で夏休みを取ることになっている。当然、日程は経験の長いベテランスタイリストから優先だ。去年店に入った先輩アシスタントによると、新人の休みは8月下旬になりそうだという。
(いつでもいい、といえばいいんだけど)
母親の墓参りには行きたい。同じ美容師としての一歩をなんとか踏み出して、頑張っていると報告したかった。一般企業に勤めている父親はお盆に休みを取るだろうから、自分が同じ時期に休みを取れなければ家族と一緒に行くことはできない。さらに母親の故郷に墓を建てたために、行くとなれば日帰りは難しかった。
手帳を開いて、うーん…と唸る。休みは4日もらえると聞いているから、2日目までは墓参りに費やして、残りの2日は俊介とゆっくり…。
「…まずい」
松田は手で額を覆うと溜め息をついた。今の瞬間、完全に俊介のことしか考えていなかった。正人は昨年受験生だったし、ようやく自由に過ごせる長期の休みを松田と過ごすのを楽しみにしていた。どこか旅行にでも行けないかとか、そんなことまで言っていた気がする。
墓参りを優先するなら旅行は無理だ。それに。
松田の胸中には、正人よりも俊介と過ごしたいという気持ちがあった。
もう一度、手帳に目を落とす。8月に引いてあるとある予定を、指でなぞった。


「ええーっ!ナオの休み、俺の合宿とかぶってんのかよー…」
正人の声が気落ちを露にしたように小さくなって行く。がっくりと項垂れた正人に、松田は手を合わせて頭を下げた。
「ごめん、先輩と希望が重なっちゃって…、立場上、譲らないといけなくて」
罪悪感がちくりと胸を刺す。真っ赤な嘘なのだから。
予め正人から聞いていた合宿の期間に、夏休みの希望をぶつけて申請したのだ。俊介と過ごすために。まだ俊介と一緒にという約束を取り付けた訳ではないが、心置きなくうちにおいでと言える環境が作れるだけでも良いと思った。
「旅行の計画とか考えてたのに…」
「ごめん、ほんとにごめん」
「次、連休取れるのいつ」
「うーん…年末年始かな」
じゃあその時は絶対な、と指切りさせられる。松田の脳裏に、その頃自分はこの人と一緒にいるだろうかと、仄かな疑問が浮かんでいた。

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