■第5章(5)

俊介はしばらく黙ったままゆっくりと瞬きをしていたが、ふっと息を吐くと、
「誰だって嫌なもんでしょ、独りはさ」
核心に触れるのを避けるような物言いをして、曖昧な表情で笑ってみせた。
それにさ、と続ける。
「もっと前はマッチーみたいにメシ食わしてくれる人もいなかったし、そん時に比べたら人と話す時間も長いし、楽だし」
感謝してます、と頭を下げられ、松田はどうしたものかと困惑した。俊介はおそらく松田の言いたい事は理解している。その話題に触れることを敢えて避けているのだ。
松田は手を伸ばし、俊介の髪を撫でるようにそっと触れた。
「無理しなくても、いいんだよ」
「…やめてよ」
俊介は視線をついと反らして、松田の手から逃げるようにソファから立ち上がった。
「こないだの服、返すね。取って来る…あ、俺の部屋見たい?」
悪戯っぽく誘う顔はいつもの俊介に戻っており、松田も初めて訪れた俊介の自宅ということもあって、興味に抗わず後に続いた。

6畳ほどと思われる部屋はきれいさっぱりと片付いており、年頃の少年が当たり前のように持っているゲームや漫画などの娯楽の類いは見当たらなかった。
(あ…)
勉強机の上には、松田がプレゼントした手帳。筆記用具が側に転がっているところを見ると、ちゃんと使っているのだろうか。そういえば、この手帳がきっかけで話をしたクラスメイトがいると言っていた。
「ああ、手帳使ってるよ。でさ、入学式んときに話しかけてきた奴とも、けっこー仲良くなったし」
「そうなんだ」
俊介が友達の話をするということは知り合ってからほとんどなかったので、自分から言ってきたということは本当に仲良くなったのだろう。心配の種がひとつ解消したようで、松田は少しほっとした。同い年の友達ができたのなら悩み事の相談もしやすいだろうし、気分を紛らわすこともできるはずだ。
「はいこれ。洗濯もしといたから」
貸した時と同じショップ袋で、松田の服が返された。受け取りざまに俊介がくんくんと鼻を鳴らす。
「この匂いさ、服にもついてたよ。マッチーがずーっとくっついてるみたいだった」
これぐらい、と、顎を松田の肩に乗せる。片腕が背中に回って、軽く引き寄せられた。
「いーにおい…」
「俊…」
呟いた俊介の声がひどく頼りなく思えて、松田は思わず、両腕でその体を抱きしめていた。
ばさり、服の入ったショップ袋が音を立てて床に落ちた。

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