■第5章(4)

「で?何だったのかな、あの空メールは」
待ち時間は短かったけれど、特に急ぐ様子もなくのんびりとした足取りで現れた俊介に、松田は敢えて笑顔で訊ねてやった。
「やだー、マッチー目が笑ってなーい」
「ふざけないの。何かあったのかと思ったんだからね」
悪びれる様子もなくおどける俊介に、松田はでこぴんを一発お見舞いしてやる。俊介は痛い痛いと言いつつ、それでも笑いながら近くのコンビニへ歩いて行く。
ごはん食べてないの、と聞くと、飲み物を買うだけだと。松田も一緒に店内へ入った。
「別に意味はないんだけどさ。マッチー元気かなーと思って」
飲み物の冷蔵棚からいつも飲んでいる清涼飲料水のペットボトルを取りながら、俊介は言う。だったら一言でも元気かと入力して送ってくればいいものを、と思ったが、今までにも決して常識的とは言えない手段で松田への接触を試みてきたことを考えると、今回のことも俊介らしいといえばらしかった。
「あ。ちょっとだけ、うち寄ってってよ。借りた服返すから」
釣り銭の1円玉を受け取り、シールを貼ったペットボトルを受け取ると、俊介は松田を促して自宅へと向かった。

コンビニから建物の上部が見えていたマンションのエレベーターを昇り、整った字で「奈良」と書かれた表札の部屋の前で立ち止まる。俊介は道中ちゃりちゃりと指先で回していた鍵で扉を開け、松田を中に通した。
「座ってて。なんか飲む?」
おかまいなく、と言ったが、俊介は冷蔵庫からお茶を出してコップに注ぎ、ソファの前のテーブルに置いた。自分はコンビニで買ったペットボトルを持って、松田の隣に腰掛ける。蓋を開けて一口飲むまで待ってから、松田は口を開いた。
「俊、少し話そうか」
「ん?あー、ごめんって。さっきのはさ」
「それはいいんだ、そうじゃなくてね」
空メールで慌てさせたことを咎められるのかと肩を竦めた俊介に、松田は手を振って違うと示した。そして自分も一口お茶を含んで、何の話かという顔をしている俊介に切り出した。
「俊…よかったら、うちに来る?」
俊介が一瞬目を見開く。が、すぐに表情を戻して、「なんで」と逆に訊ねてきた。
「なんでって、ひとりで大変じゃない?」
「べつに。今までだってほとんどの事は自分でやってきたんだし」
移っていないテレビの画面に視線を向けて、俊介は抑揚のない声で返した。確かに、母親が出張で家を空ける事も多かったため、俊介は一通りの家事はできるようだ。とは言え、今回は出張ではなく最低一年間の海外赴任だ。しかも頼れるほど親しい身寄りもないと言うのだから。それに…
「それに、この前言ってただろ。家にひとりでいるのは嫌だって」
俊介の睫毛が、ぴくりと動いた。

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