■第5章(3)

「お疲れさまでしたー」
5月に入り、3連休を前に店は混雑していた。閉店後のミーティング、片付けを終え、最後に店を出るのは新人の松田だ。
掃除用具を奥に仕舞うと、鞄から携帯を取り出して正人からのメールをチェックする。
ワンゲルの合宿とはいえ新人同行のため、携帯の電波も入るような、さほど険しくない場所らしい。正人は合宿に出てから毎日のように、その日の様子を写真つきで送ってきていた。
「楽しそうだなあ…」
正人と一緒に写っているサークルのメンバーは、皆生き生きとしていた。
「俺も頑張らないと。笑顔笑顔」
鏡に向かってにっこりと口角を上げる。笑顔は接客業の基本だ。好きなことを仕事にしているのだから、多少大変なことがあっても表には出さずに笑顔でいなくては。
よし、と軽く頬を叩いて、手元の携帯を鞄にしまおうとすると、まだ新着メールがあることを知らせるアイコンがついている。
(もしかして、)
両手で携帯を持ってカチカチとボタンを押せば、そこには【差出人:俊】と表示された一通のメールが現れた。
ただ、件名も本文もない。完全な空メールだった。
間違えて送信ボタンを押してしまったのか、それとも。
松田は急いで店の消灯と戸締まりを済ませると、暗い夜の道を駆け出していった。

電車に乗っている間も気が気ではなく、急に体調でも悪くなったのではないかと悪い方にばかり考えてしまい、窓の外に流れる風景が止まる度に早く早くと苛立つ気持ちを抑えるように唇を噛んだ。
改札を出ると、俊介の住むマンションがある方へと急ぐ。しばらく走ったところで立ち止まり、呼吸を整えながら携帯を手に取った。
(そういえば、正確な場所までは知らないし…)
何事かと思って夢中で走ってきてしまったけれど、俊介が自宅にいるとは限らないのだ。履歴から俊介の番号を呼び出し、コールする。さほど待たずに、「はい」と応答する俊介の声が聞こえてきた。
「俊、どうしたの。家にいるの」
「何、マッチー…慌ててんね」
テレビでも見ていたのだろうか、向こうから聞こえる賑やかな音声が、少しの間をもって小さくなった。
ほっとする反面、疲れが声に出てしまう。
「何じゃないよ、空メール入ってたけど」
「ああ、あれ。…マッチーどこにいんの」
心得たとばかりの笑いを含んだ声。テレビの音がぷつりと途絶え、がちゃりと扉の開く音が聞こえる。松田は周囲を見回し、目印になるものを探した。
「…、花屋とコンビニの並んでる路地…」
「近いね。そこにいて、行くから」
ばたんと音がしたと思うと、電話は切れていた。
松田はビジートーンしか流れなくなった携帯を手に、一つ大きな溜め息をついた。

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