■第4章(5)

「マッチーはどうなのよ、仕事。うまくやれてんの」
あまり自分のことを話す気もなく、話すだけのこともなく、俊介は松田に同じ話を振り返した。松田はうーん、と前置いて、
「まだ出来ることは少ないけど、みんないい人だからね。あのお店なら頑張れると思う」
俊介も顔を合わせた店長をはじめ、気さくな面々。松田の言うことは頷けると思った。と同時に、うらやましくもあった。松田の周りにはいつも温かい空気が取り巻いている。そもそも本人がこうだから、周りも同じように安らいでいくのだろうか。
自分とはえらく違うものだと、俊介は少し口を尖らせた。
「俊だって大丈夫だよ。きっと楽しいよ、高校」
松田は俊介の様子に目敏く気づいて、ぽんぽんと頭を撫でてくる。ぷるぷると頭を振ってそれを払い、子供扱いすんなよ、と仏頂面をした俊介に、松田はやはり宥めるように笑いかけるのだった。
こんな風に扱われることには慣れていない。俊介がぷいと目を逸らすと、夜9時をとうに回った時計が視界に入った。
「……、帰ろ、っかな」
早く帰ったからといって早く眠れる訳ではないが、ここにずっといるのも悪い気がして、俊介はゆっくりと立ち上がった。
部屋に上がった時に脱いでおいた真新しい制服のブレザーを手に取ると、松田があっと小さく漏らす。
「俊、ちょっと待って。俺の服出すから」
「? なんで」
言うなりクローゼットを探り始めた松田に疑問符を投げかければ、こんな時間に制服姿で出歩いては良くないという。制服だろうが私服だろうが中身は15歳なのだから出歩く時間によっては完全にアウトなのだが、いらないと言うと松田が「じゃあ送って行く」と言うので、仕方なく服を借りて着替えることにした。
「返すのはいつでもいいからね」
制服もほとんど空のスクールバッグも適当なショップ袋にまとめてもらい、部屋を出る。
あまり体格の違わない松田の服はサイズもちょうどよく、パンツの裾を少し折らざるを得なかったことに多少の劣等感を感じたけれども、それ以上に俊介を参らせたのは別のことだった。

(このニオイはなあ……)

渡されたニットに首を突っ込んだ時から感じた、服にまでついている「松田の匂い」。歩く度にふわふわと香ってきて、一人でいるのに松田がくっついているような気がして落ち着かなかった。
歩いて行き来できる距離の松田の部屋から自宅に戻ると、すぐにばさばさと借り物の服を脱ぐ。
「……」
一度は洗濯機に放り込まれようとしたそれらは、俊介のベッドの上に無造作に投げられた。

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