■第4章(4)

俊介の目を覚ましたのはインターホンの音だった。
「んー…」
血圧が低く寝起きが良いとは言えない体を起こして、そういえば他人の部屋で寝こけてしまったのだとぼんやり考えながら、ドアスコープから訪問者を確認し、扉を開けた。
「…オツカレサマ」
「ごめんね。鍵ひとつしかなくて」
おかえり、と言わなかったのは、自分はこの人を家で待って迎える立場ではないということをどこかで認識していたからだろうか。
部屋の主が帰宅したということは、随分長い間寝ていたらしい。それでもまだ寝たりない気がしてあくびを噛み殺すと、ソファに戻って目を擦った。
「俊、何か食べた?」
松田は冷蔵庫から作り置きの食事を出して温めながら俊介に訊ねる。首を横に振れば、松田は何も言わずに食器を二つ手に取った。
頭がはっきりしないまま、台所でサラダボウルにレタスを取り分けている松田に近づき、後ろから首筋に鼻をつける。すん、と吸ってみると、寝付く前にソファで嗅いだのと同じ匂いがした。
「…なに?」
触れた瞬間にびくりと動きを止め、そのままの姿勢でいた松田が恐る恐る訊ねる。
「マッチーの匂い。…部屋に染み付いてた」
「…そう? あ、ちょっと待ってて」
電子レンジから調理完了の高い音がなり、松田は俊介から距離を取るようにぱたぱたとそちらの方へ行ってしまった。俊介は途中になっているサラダの取り分けの続きに着手し、それを終えると松田の後についてテーブルまで食事を運んだ。
「いっぱい作ってんだね」
一人暮らしの松田の部屋で二人分の食事が難なく出てきたことに触れてみると、一人分だけ材料を買うと割高だからと教えられた。こういうことでもないと何日か同じ食事で飽きてしまうと笑う松田に、それなら彼氏と住めばいいのにという言葉が浮かんだが、口には出さなかった。
いただきますと挨拶をして、温かいおかずを口に運ぶ。コンビニやスーパーの惣菜のように誰が作ったのかも分からないものより、見知った者の作った食事の方が断然美味しいと思えた。

「高校、どうだった?友達できそう?」
食後のお茶を飲みながら、今日から高校生になった俊介の新しい環境について松田が訊ねた。
友達ができそうかなんて子供じゃあるまいしと思ったが、中学に入学した時は忙しい母親がそんなことを聞いてきた覚えもなく、同様の質問を受けたのは小学校入学時に父親や今は亡き祖父母に聞かれて以来だと気がついた。
「あー、まだほとんど話してねーけど…そだ、マッチーがくれた手帳さ、クラスの奴がいいねって」
そう言ったクラスメイトの屈託のない笑顔を思い出し、俊介も自然と笑みが零れる。それを見て、松田も嬉しそうに微笑んだ。

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