■第3章(5)

俊介は松田の肩にもたれて猫撫で声を出す。
「ねえ、いいって言ってよ。俺、テキトーな女よりマッチーの方がいいし」
松田は首を横に振った。
「いいじゃん、彼氏と別れて俺と付き合ってくれって言ってる訳じゃないんだし」
「…そっちの方がまだ検討の余地があるよ…」
松田が言うと、俊介はごろごろと甘えるような仕草を一瞬止め、そうかと思えば何かに取り憑かれたように笑い出した。

他に何の音もしない静かなはずの部屋に響く俊介の笑い声は、異様としか言いようがなかった。

「俊……」
「っは、はは、は…っ、はー…」
笑いすぎてむせ込み、俊介は懸命に呼吸を整える。何がそんなにおかしいのか、涙まで浮かんだ目元を拭うと、ごめんごめんと言いながら肩を震わせた。
「マッチー、ほんっとに純なんだなー。きちんと段階を踏んでからじゃないとダメだとか、イマドキ中学生だってそんなのすっ飛ばしてるって」
そして松田の前にすっと、立てた指を差し出す。
「ちゃんとルールは作るよ。ひとつ、マッチーが嫌がることはしない。ふたつ、マッチーの部屋に痕跡は残さない。みっつ、マッチーはもちろん彼氏優先でいい。…どう?」
「そもそもセフレなんて嫌だって言ってるつもりだけど」
「聞こえない」
きっぱりと言いきり、俊介は今度は年相応の笑顔を松田に向けてみせた。

松田は何も答えなかった。部屋が静寂を取り戻す。
「…まあいいや、マッチー真面目だからセフレになりますとか言える訳ないよね」
出した指を引っ込めると、俊介は指の代わりに鞄から包みを取り出して松田の前に差し出した。
「ついでみたいになっちゃって悪いけど、今日はこれを渡そうと思って来たんだよね」
透明の袋にリボンがかけられたそれは、巷では名の知れたスキンケアブランドのハンドクリームだった。
「手を使う仕事するんだからさ、きれいにしとかないとお客さんに悪いでしょ。これで手帳とおあいこってことで」
「あ、ありがとう…」
さっきまであんな話をしていたのに気を利かせた贈り物は嬉しいと感じるもので、松田は無意識に頬を赤らめる。
「失敗したなー、先にプレゼント渡して、マッチーが感激してるところでセフレになってくれって言ってれば、上手くコトが運んだのかなー」
「…、それはないと思う」
交際を申し込まれるならともかくだ。逆にプレゼントを渡されてからあんな話を持ちかけられたら、今手の中にあるこの包みは、俊介に投げつけられていたかもしれない。
俊介は楽しげに笑うと、ごちそうさま、と言って立ち上がった。
見送りのために玄関に出ると、俊介が帰り際に振り返る。
「前にも言ったけど、うちの母親海外赴任になったんだ。俺ひとりだからさ、たまには来てよ。…家にひとりでいるの、嫌なんだよね」
「俊…」
「じゃあ、仕事がんばってね。バイバイ」
呼び止める間もなく、俊介はドアを閉めて松田の視界から消えた。
一瞬だけ見えた寂し気な表情は、愛情を求める子供のそれではなかったか。

松田は部屋に戻ると食器を片付け、翌日の食事をまた少し多めに作り始めた。

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