■第3章(3)

4月に入り、松田は晴れて新社会人としての一歩を踏み出した。
温かく迎えてくれた店長や先輩達に助けられ、緊張しながらも初日の業務を終えた。歓迎会は次の定休日前夜にということで、その日はすぐ帰路につく。
自分に体力がないとは思っていないし、長時間立っているのもさほど苦ではなかったはずだが、やはり初めての環境で力が試されるのだという意気込みもあり、肩に力が入っていたらしい。
「んー…」
軽く伸びをしながら、温めるだけで食べられるように食事を用意しておいてよかったと思いながら部屋の前まで帰って来ると。

「よっ」

俊介がいた。

「電話なりメールなりくれればよかったのに」
4月とはいえまだ肌寒い中待っていた俊介を部屋に通し、鍋を火にかける。早々に湯が沸いたことを知らせるポットからマグカップに開けたインスタントスープに湯を注ぎ、先に俊介の前に置いた。
「連絡したって、マッチー仕事中じゃん」 俊介はふうふうとスープを吹くと一口含んで、
「それに、別に早く帰ってきてとか言う気ないし」
上目で松田を見、そう言って口の端を上げた。
「…じゃあ、どうして来たの」
台所に戻って鍋のシチューを皿によそう。言うまでもなく二人分用意しながら溜め息まじりに聞いてみれば、リビングから乾いた笑い声が聞こえて来た。
「べっつにー、特に理由はないけど、」
リビングを見遣ると俊介と目が合う。
「会いたくなって来ちゃった。…とか、言ってほしかったりする?」
「いーえ」
コト、と皿を出してやると俊介はすぐにスプーンを取り、律儀にいただきますと言ってからシチューに口をつけた。

よかった。やや癖のある言い方はされているが、俊介との距離感は以前と変わらない。
松田は部屋の前で俊介を見た時から続いていた僅かな緊張を解き、ほっとしたような気持ちで俊介の横に腰掛ける。

「そういうの、彼氏でもない奴に言われたって迷惑なだけだろ。会いたいとか、早く帰って来てとかさ」
取り分けられたサラダにも手をつけながら、俊介は独白のように続ける。
「俺さ、付き合ってる気もしない女にそういうこと言われても、別になんとも思わなかった。てかうざかった。勝手に言ってろって」
「それは俊にも責任がないとは言えないと思うけど…」
「はは、時効にしてよ」
松田が思ったことをそのまま口に出すと、俊介は苦笑して小さく息を吐いた。
空になりそうなシチュー皿をパンで拭うのを見ておかわりはと聞くと、いい、と答えて口に放り込む。
それを飲み込み、俊介は食事の手を止めて視線を下げた。
「でさ、マッチーにもうそういうことするの止めろって言われて…もしかしたら俺、けっこー楽になったかもしんない。めんどくさいことに付き合わなくて良くなってさ」
ふ、と笑うと、俊介は松田の方を向いた。

BACK←→NEXT
スピンオフトップへ


長編/短編/お題
サイトトップへ


広告が表示された場合はレンタルサーバーによるものです。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送