■第3章(2)

3月29日。
自分の部屋に戻った松田は、ぐったりとソファに沈み込んだ。
「…疲れた…」
引越しの手伝いというのは意外と体力を消耗するもので、加えて久方ぶりに恋人と過ごす間に、何度体を重ねたか。引越し当日、そのまま泊まって翌日の夜まで、暇さえあれば睦みあっていたような気がする。
正人がそうまでするほど、長い間そういう機会がなかったということか。
松田自身、前にいつしたのか覚えていないくらい、正人との肉体的な接触はなかった。
いや、先週俊介に抱かれる…陵辱されるまでは誰とも、という方が正しい。
(やっぱり、違うな)
相手が自分を愛しているかどうかで、抱かれる感触というのは。

松田が初めて男に抱かれたのは、中学3年生の頃だった。
それまでの十数年の人生で、自分の恋愛対象が同性らしいということはぼんやりと感じていたけれども、当時は恋愛よりも部活動で打ち込んでいたサッカーやごく普通の友達付き合いの方が楽しく、そのことで思い悩むことはなかった。

母親が死んだのは、突然だった。
温かい家庭で育った松田は俗にいう反抗期を迎えることなく過ごしていたが、十代半ばという多感な時期に母親を亡くしたショックは大きく、それでも父や妹に心配をかけまいと、毎夜自室で声を殺して涙を流した。
そんな松田に声をかけたのが、幼い頃には自分の面倒を良く見てくれ、母親の通夜の手伝いなどもしてくれた、近所の年上の男だった。
初めは母親を亡くした松田への同情であったに他ならない。松田としても、家族の前では泣き言など漏らせない分、いくらでも甘えさせてくれる彼の側は居心地がよかった。
いつだったろう、それが疑似恋愛のようになっていったのは。
そうなってからの展開は早く、彼はあっという間に松田の初めての男となった。内面までも自分のすべてを曝け出せる唯一の存在に、松田が依存してのめり込むのも無理はなかった。
7歳上のその男が大学を卒業し、自立して実家を出た後も、彼の部屋での逢瀬は続いた。
だがある日、松田が彼の部屋を訪れると、彼は玄関先での応対に終始したのだ。
松田には分かってしまった。隠すように立ちはだかる体の隙間から見える女の靴、幾度となくこの身で感じた、セックスの後の彼のにおい。
問いつめる気は不思議と起きず、もう終わりなんだね、と呟けば、ごめん、俺も男だからと返答され、では男でありながら男しか愛せない自分は結局なんなのだろうと。初めて自らの存在意義に疑問を感じ、いつまでも結論が出ないことに焦れて一度だけ手首に刃物を当てたのは、高校一年の初夏のことだった。

「俊、どうしてるかな…」
あまり深くなく、ほとんど跡も残っていないその傷を撫でさすりながら思うのは、年下の男のことだった。

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