■第3章(1)

3月最終週に入り、松田は自身の恋人である正人(まさと)の引越しを手伝いに来ていた。
大学生になるにあたり、正人もこれまでの実家暮らしから自立への第一歩を踏み出したというわけだ。
実は今回、これを機に生活を共にする事を提案されていたのだが、
「俺の仕事、夜遅くなるし…勉強の邪魔になったら悪いから」
そう言って断ったのだった。

理由はもう一つある。
俊介の存在だ。
自分が松田と一緒に暮らすようになったら、彼が身を寄せるところがなくなってしまう。話を聞くに、俊介と母親の関係はあまり良いとは思えない。受験勉強中もずっと通って来た俊介に、今後も息抜きをできる場所として自分の部屋を提供してやりたかった。
(なんていうのは、建前だったのかも)
弟のように…そう自分に言い聞かせて世話を焼いてきた俊介に押し倒され、心の奥底にあったものをはっきりと自覚してしまったのだ。
俊介に対する、恋心を。
あの時、押し返して抵抗しようと思えばいくらでもできた。中学生に力で劣るとは思えなかったし、簡単に「なかったこと」にできたはずだ。
なのに。
他の人とこういうことはして欲しくないと思った。衝動の矛先が自分に向いたことに、悦びさえ覚えた。
だから拒まなかった。俊介に気持ちがないと分かっていても。
『…淫乱』
そう言われた冷たい笑みが忘れられない。
軽蔑されてしまっただろうか。もう、元のような…兄弟のような関係には戻れないのだろうか。
あれから一週間近く、俊介とは連絡を取っていない。ただ、去り際に言われた一言が、二人の関係はこれきりではないということを物語っていた。
『今度はマッチー、うちにも…』
「いつでも来てくれよ、ナオ」
「…っ!」
脳裏に過った俊介の声に重なるように発せられた正人の言葉に、心臓がどくんと大きく跳ねた。咄嗟に上げた視線が正人のそれとぶつかる。
「ナオ?」
「…ごめん、片付けに集中してたみたい。びっくりした」
ごまかすように笑って、また段ボールの中身を仕分けに入る。横で、正人が大きく伸びをした。

すぐに必要な日用品だけ収納を終え、敷いたばかりのラグの上で少し休憩を取る。
と、正人が鞄から小さな包みを取り出し、テーブルの上に置いた。
「ナオ、…誕生日おめでとう」
3月27日。今日この日は、松田の18回目の誕生日だった。
促されて包装紙をはがして行く。つい先週、自分の部屋でこんなことがあったと思い出しながら。
「当日渡したかったから、今日にしたんだぜ、引越し」
正人が照れたように頭を掻いた瞬間、開いた箱の中から指輪が現れた。
「俺ら付き合って2年経つし、18って節目かなーと思ってさ。はめてみて」
銀色に光る、少しばかり装飾のされたそれを、左手の中指に通される。
「これ、正人がしてるのと同じ?」
「…分かった?ペアとか恥ずかしいかもしれないけど」
「そんなことないよ、ありがとう…でも俺仕事中は指輪できないから、それだけごめんね」
「いいよ、俺と会う時だけでもしてくれれば」
同じ指輪のついた指で頬を撫でられ、松田が目を閉じると唇が重なった。
「あ…」
「ナオ…少しだけ」
柔らかいラグの上に横たえられる。背中に腕を回し、しっかりと抱き合った。
「…正人」
…この人が、好きだと思う。
松田の心は揺れていた。

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