■第2章(7)

「…ただいま」
日が落ちかけた頃に帰宅しても、家には誰もいない。
年度末で、しかも海外赴任間近だ。母の帰宅はまた夜遅くになるだろう。
(マッチーんとこで、夕飯食ってくればよかった)
いや、あんなことがあった直後では、仲良く食事を囲むなど考えられないか。
思い出すとまた体が疼くようで、俊介は暖房の入っていない寒々しい部屋で一人、ベッドに潜り込んで丸くなった。


事が済んだ後、松田はのろのろと上体を起こすと、ソファの背もたれに沈み込んだ。
「…びっくりした、俊にこんなことされるなんて」
俊介が、一見恋人に見えた少女と気持ちの伴わないセックスをしている…と聞かされた時の表情に似ていた。動揺したような、落胆したような。
「俺もびっくりした。マッチー、イクの早いし」
目を合わせないまま、俊介は冷えた紅茶を乾いた喉に流し込んだ。
今発した言葉は、強ち間違いではない。松田は年上だし、対格差もさほどない。力づくで抵抗して拒めば、こんなことにはならなかったはずだ。それを敢えて受け入れ、俊介の目の前で絶頂まで迎えたのは想定外と言っても良かった。
「マッチー、彼氏いんのにさ。俺にヤられて、キモチよかった?」
「…俊だって、」
「俺は、…誰だっていいんだよ。知ってるだろ」
松田の言葉を遮り、俊介は自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。そう、誰だってよかった。彼が特別だった訳ではないのだ。松田に言われて、性交渉を含めた交友関係を断ち切ってきたから。だから、それを発散しただけ。
たまたま目の前にいたのが、松田だっただけ。
「俊、」
「服着てよ。またヤられたいの」
床に放ってあった松田の脱いだ…脱がせたものを拾い上げて、投げるように渡した。ついでにその近くに落ちていた手帳も拾って、自分の鞄の上に置く。
これのお返しをしたいと話していただけなのに、なんでこんなことになったんだっけ。

「…俊がしたいんなら、どうぞ」
いつも温厚な松田にしては無機質な声が、俊介に向けて発せられた。
「何が。…なんだよ、それ」
それが先の自分の発言に対する答えだと悟ると、俊介は眉を寄せる。
「何って…俊が今みたいなこと、女の子にしたら大変だと思うだけ」
「だから…さっき」
抵抗しなかったというのか。俊介の衝動の矛先が、より弱い者に向かないように。そこまで考えて、自分に体を明け渡したとでも。
俊介は鞄と手帳を掴んで立ち上がると、松田を一瞥し、こう言い残して玄関へと歩を進めた。
「うちの母親、来月から海外赴任になるから、俺ひとりなんだよね。今度はマッチー、うちにも来てよ」
彼氏にバレないようにヤれるから。

本心を隠した関係の始まりは、一時の衝動からだった。
自分も相手も苦しいだけのその関係を終わらせる術を、どちらも知らなかった。

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