■第2章(5)

俊介は溜め息をついて、目の前のカップを取ると少しぬるくなった紅茶を一口啜った。
「ボタン、ないよ。全部取られた」
「すごいね。俊、モテるんだなとは思ってたけど」
少しだけ驚いた表情を見せた松田は、俊介の女性遍歴に思い当たる節があったのか、一人納得したように頷く。
「別に…ただのボタンだし、誰に取られたかも別に覚えてねーし」
相手に気持ちがあったから渡した訳じゃない。今まで繰り返して来たセックスと同じだ。求められるから応じただけ。自分の意志など無いに等しい。
手持ち無沙汰にポケットに手を突っ込むと、そこに入っている…入れて来たものに気がついた。
「ああそうだ…これ。ありがとう」
入試の日の朝、松田から渡されたお守りを差し出す。
自分の学力で確実に行けると踏んだ高校しか受験しなかった俊介にとっては、ご利益があると言われたそれの効果が果たして本当にあったのかどうかは分からなかったが。
「あ、うん…」
受け取った松田の頬に薄く赤みが差したように見えたのは、気のせいだったか。

「彼氏はさ、」
「うん?」
「大丈夫だったの、大学受験」
松田が高校に在籍していた時分の同級生だというその相手も、もう休みに入っているはずだ。お守りは彼氏に渡してやればよかったのにと、受け取った日にそう考えたことを思い出したのだ。
しかるべき相手に向けるべき情を自分に向けるから。あの時無意識に松田にキスをした理由を、後でそうこじつけて自分の中で解決した。
「もともと、成績は結構いい方だったからね。俺が心配しなくても大丈夫みたい」
俺は中退しちゃったから勉強で手伝えることはないし、そう付け加えて苦笑すると、松田も紅茶に口をつけた。
それを目で追って……
「で、俺の方が心配だからお守りくれたってわけ」
「はは、そう言われるとそうかもね。うちで勉強してた子が落ちちゃったら責任問題だよ」
…また。まただ。
年下だからと、自分を子供扱いして。
松田の方に少し身を乗り出し、顔を近づける。
「俺ってそんなに心配なの、マッチーから見て。ガキ?」
「そんなことないよ、ごめんごめん」
笑いながらふっと顔を反らした松田から、ふわりといい匂いが漂って鼻腔をくすぐる。途端、俊介の心臓が一度大きく音を立てて跳ねた。
「…、」
さらに松田との距離を縮め、その首筋に鼻先を潜り込ませる。息を呑む気配と同時に上昇した松田の体温に濃くなった芳香は、まるで媚薬のようにも感じられた。

欲情。

「マッチー…エッチしようか」
俊介は初めて、自分の意志で目の前の誰かを抱きたいと思った。

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