■第2章(3)

卒業式には、母は来なかった。
典型的なキャリアウーマンである俊介の母はつい先日勤務先から海外赴任の辞令を出され、迷うことなくそれを受けた。
色々と準備に忙しく、平日昼間に行われる息子の卒業式などには出ていられないのだろう。
ついて来るかと問われた俊介もまた、迷うことなく日本に残る道を選んだ。
始めこそ親戚の家に世話になることも考えたが、仕事人間として生きて来た母にはさほど深い親戚付き合いはなく、俊介自身が望まなかったこともあり、母が赴任先に発った後は一人で生活することが決定していた。

(マッチー、心配すんだろーな)
勉強こそそれなりにしていたものの、品行方正とは言い難い俊介の私生活だ。その俊介が一人暮らしなど、松田が聞いたら顔色を変えるに違いない。
それでもこの数ヶ月、俊介は松田に言われたことを守って、乱れた交友関係を全てリセットしてきたのだ。今さら想いのない相手との恋愛ごっこなど、面倒でする気にもなれないだろう。
松田といた方が、よほど居心地が良いのだし。

式典の後は制服のボタンが欲しいという女子達にせがまれるまま適当にくれてやり、両親や兄弟に祝福されながら帰って行く同級生達の間を足早に一人、校門を出た。
このまま帰っても、家には誰もいない。かと言って制服のままではふらふらと出歩くことすらままならず、配布された卒業アルバムや証書も邪魔でしかない。一度帰宅して着替えてから出直すことにした。
「ただいまー」
誰もいない家に帰っても挨拶だけはするようになったのも、母の教育の賜物だと言えるだろう。
小学生の頃は人並みに子供らしい感性を持ち合わせていた俊介は、いつも家に誰もいないのが寂しいと感じることがあり、どうせ誰もいないならと半ば拗ねた気持ちで挨拶をせずに帰宅するようになっていた。
ある日何かの事情で母が家におり、帰宅の挨拶をしなかった俊介を激しく叱責したのだ。
母の前で泣いたのは、確かあの時が最後だったか。
それから程なくして両親は離婚し、俊介は母に引き取られた。思えばあの頃、母は離婚に向けた調停や手続きなどで、時には仕事の時間を調整しながら不規則な生活をしていたのだろうと思う。
仕事に集中したかったのであれば息子など引き取らずにおけばよかったものを、と思ったが、その真意はいまだ聞くことがかなわずにいる。
母の重圧から解放されることは、俊介にとって高校生活を楽しみなものに変える一因となっていた。

私服に着替え、居間に学校からの配布物を置くと、俊介はまた家を出た。
しばらく本屋で時間を潰していると、ポケットの中で携帯が震え始める。立ち読みしていた雑誌を閉じて棚に戻し、店の外に出て着信に応じた。
「俊?松田です。確か今日、卒業式だったでしょ。もう終わった頃かなと思って」
「ナイスタイミング」
俊はその足で松田の部屋に向かうことにした。

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