■第2章(1)

受験勉強が大詰めになっても、俊介は暇を見ては松田の部屋に通い続けた。
年上の松田には多少なりとも教わることができたし、母の帰りが遅い自宅で一人参考書に向かうのは集中力を保てる自信がなかったからというのもある。
母は俊介を塾にやりたかったようだが、俊介は面倒がって従わなかった。その分自分でしっかり結果を出さなければいけない−父のように、母から愛想を尽かされてはいけない−という気持ちが心のどこかにあったのかもしれない。
俊介は周囲が考えている以上に真面目に勉強に取り組んでいた。
さらに松田から言われたことを守り、女性との不必要な交際もしなくなった。
松田もそんな俊介を見て安心したのか、生活態度を諭すようなこともなく、以前と変わらず部屋に上げてはあれこれと世話を焼いてくれる。

ただ、俊介には疑問もあった。
「マッチーさ、ちゃんと彼氏と会ってんの」
「俊はそういうこと気にしなくていいの」
松田は少しずつ俊介に心を開き、自分の性的指向−同性愛者であること、現在の恋人は俊介の(以前の)彼女の兄であること、中学生の時に亡くした母親の影響で美容師を目指していることなど、自分のことを色々と教えてくれた。
俊介が気になったのは、松田の恋人のことだ。松田の元同級生である彼は高校3年生であるはずで、大学受験の備えもあるだろうが全く会えない訳ではないだろう。春に専門学校を卒業する松田は既に就職先が決まっているし、自分ではなく彼氏を部屋で勉強させてやらないのだろうかと思うことも少なくなかった。
しょっちゅう上がり込んでいる自分が言えた義理ではないが、平日はいつ行っても追い返されるようなことはないし、一緒にいる間は松田の電話も鳴らない。
「もしかしてさー、俺に気使ってんならいいよ、逆に悪いし」
「だから、俊は気にしなくていいの。しっかり勉強しなさい」
まるで母親のようなことを言い、松田は茶碗にご飯のお代わりをよそってくれた。
(こんなキレイで優しい恋人がいんのに、もったいねーの。飯もうまいし)
俊介は残りのおかずを頬張り、出かかった言葉を喉に流し込んだ。

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2月某日。
第一志望の高校入試当日を迎えた俊介は、自宅を早めに出て松田の部屋に向かった。
いつものように慌ただしく仕事に出た母からは特別に激励の言葉などもなく、松田の顔を見た方が落ち着くような気がしたのだ。少し上がって温かいものでも飲むかと言うのを断り、玄関で挨拶だけして試験会場に行くつもりだった。
「あ、ちょっと待って」
ぱたぱたと奥に引っ込んで、少し間を置いて戻ってきた松田の手には、古びたお守りが握られていた。
「これ、俺の受験とか就職活動でご利益あったから効くと思うよ。よかったら持って行って」
ぎゅ、と手のひらに押し付けられたそれと松田の顔を交互に見比べる。
そしてふと、少し背伸びをして、段差の上にいる松田の唇にキスをした。
「アリガト」
ぱたんと閉じた扉の向こうで、顔を真っ赤にした松田がその場にへたり込んだのは、俊介には見えなかった。

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