■第1章(3)

それから、俊介は松田の部屋に上がることが多くなった。
始めこそタダで髪を切ってもらう目的だったが、松田と過ごすのは思いの他気分が楽だったのだ。
あれこれ詮索してこないし、無理に話をしようともしない。ただ俊介がしたいように、部屋に上げて放っておいてくれた。
俊介の母親は仕事人間で帰りが遅い。家に一人でいるよりは、松田の部屋にいる方が落ち着くような気がしていた。
「ねえ、俊。今日もお母さん遅いんならご飯食べて行く?」
「あー…サンキュ」
何度か顔を合わせるうち、互いに気を許した関係になっていた。
食事の支度をする松田の横に立って鍋の中を覗き込むと、松田は照れたように苦笑して「向こうで待ってて」と俊介を肘で軽く小突く。
まるで恋人みたいだ、と一瞬考えて、俊介はリビングに戻ってソファに身を沈めた。

そういえば。
他人に深入りしない質の俊介にはさほど気にならなかったが、松田が自分を部屋に上げるのはほとんどが平日だった。もとより休日は俊介が自宅を出ること自体稀であったのだが。
やはり第一印象通り、松田に好意を寄せる女は多いのだろう。あるいは仲の良い友人−例えば俊介の彼女の兄のような−と行動を共にしているのかもしれない。
「まいちゃんとは、あんまり会ってないの」
頭に浮かんだ顔を読み取ったように、松田が声をかけてくる。
立ち上がって皿を並べるのを手伝いながら、俊介は何でもないようにこう答えた。
「別に…俺、あいつの彼氏じゃないし」
次の皿を受け取ろうと松田を見ると、目を丸くして口をぽかんと開けていた。
「なに、そんなに驚くこと?」
訝し気に訊ねると松田は我に返り、次の瞬間には視線を泳がせて。
「いや、俺てっきり付き合ってるんだと思ってたから、ごめん、その」
「端から見たらそうかもな。ヤることはヤってるし」
しどろもどろな口ぶりに被せるように言えば、松田はさらに動揺した様子でかちゃかちゃと食器を並べ終えると、俊介の隣に腰掛けてふーっとため息をついた。
「俊…余計なお世話かもしれないけど、それ良くないと思う」
だろうな。
下を向いた松田とは逆に、俊介はソファの背もたれに頭を預けて天井を見上げた。

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