時計の音。
時折外を走り過ぎるバイクや車の音。
それから、シャワーの水音。

どうしよう…

床の上で膝を抱えて、何度も何度も自分を落ち着かせるように深い息を吐いた。

本当に俺でいいのかな……

「あ………」
シャワーの音が止んだ。
しばらくすると少し離れた扉の向こうで、ドライヤーの音が聞こえはじめる。
じっとしていられなくて、俺は立ち上がってその扉の前に歩み寄った。
早く出てきてほしい気持ちと、もう少し心の準備をする時間がほしい気持ちとが複雑に絡み合って、ノックもできないまま立ち尽くす。
オミが出てきたらまず、少し話をしよう。ゆっくり時間をかければきっと大丈夫だ。まだ午前中だし、今日すると決めたからといって急ぐ必要なんてない。
俺が勝手に頭で計画を練っていると、カバンの中で携帯が鳴り始めた。
部屋に戻ってチェックしてみると俊からのメールだった。
『がんばれよ(笑)』
「あいつ…」
妙に鋭い俊のことだ、今週の俺たちを見て何かあると思ったに違いない。好奇心もあろうが、ちゃんと心配もしてくれているであろう俊を想像して苦笑した。いや、本当にただおもしろがっているだけかもしれないけど。
『ご心配なく』
そう返信して気がつくと、ドライヤーの音も止んでいる。
俺が振り返るとほぼ同時に、オミが出てくるところだった。
「電話?」
「ううん、俊から…。がんばれよってさ」
「参るよなあ、あいつ…」
オミは俺と同じことを思ったようで、肩をすくめると冷蔵庫から水を出して一気に飲み下した。喉、鎖骨、胸、腹筋…裸の上半身に、急に意識が変な方に向いてきてしまう。
冷蔵庫にボトルを戻して俺の隣に腰を下ろしたオミからは、ふわりといい匂いがした。
まるで媚薬のように誘惑する香りに引き寄せられるように、俺はオミの頬に唇を寄せた。そっと押し当てて離すと、オミが少し驚いたようにこちらを向いた。それはすぐ、柔らかい笑みに変わって。
「トモ、唇乾いてる……緊張してる?」

頷くより先に、唇が塞がれた。
軽く押し付けるように合わされた唇はすぐに離れて、また触れあって…何度も繰り返すうちに、乾いていた俺の唇はしっとりと濡れてきていた。
静かな部屋に、ちゅ、ちゅ…とキスの音が鳴る。
どちらからともなく腕を伸ばして、ぎゅっと抱き合った。
「緊張、解けた?」
「ばーか、ますます緊張するっての…」
顔を見合わせてくすくすと笑い合う。
オミの腕は不思議だ。さっきまで感じていた心許なさがすっと晴れていく。
「…よっと」
オミは俺を抱き直すとそのまま立ち上がって、俺をゆっくりベッドに腰掛けさせ、自分は床に膝立ちになって俺と向かい合った。
「トモ」
手を取られ、真剣な目で名前を呼ばれてどきりとする。
オミは選ぶように言葉を紡いだ。
「俺…正直、上手くできるか自信はない。どうしたって、トモの体に負担をかけることになると思う」
「うん…」
「途中でも嫌だったら、ちゃんと言ってな」
俺の手を包んだオミの手が少し汗ばんでいる。多分、シャワーを浴びたばかりだからじゃない。オミも緊張しているんだと思った。
自分が緊張しているのに、俺のことを気づかってくれる優しさが嬉しい。
今度は、俺がオミの緊張を解いてあげる番だ。
「オミ、こっち来て」
オミの手を引いて、俺の膝に乗せるように座らせる。背中に腕を回して抱きしめると大きな子供を抱っこしているような感じで、自然と笑みが漏れた。
「俺、ずっと自信がなかったんだ。オミが俺のことなんか好きになってくれる訳ないと思ってたし、その…こういうことしたいと思ってくれるのも、なんか申し訳ないって思ってた。俺でいいのかなって」
オミは皆に好かれる。単に友達としての好きじゃなくて、恋愛感情を持って接する女の子も今までにたくさんいただろう。中にはオミと釣り合うような、素敵な子もいたはずだ。
カオリちゃんだってそうだ。あんなにお似合いだったのに、オミは彼女より俺を選んでくれた。
「オミが真剣に俺のこと考えてくれて嬉しい。ありがと…」
「トモ…」
オミの体重がぐっとかかって、俺の背中がベッドに沈んだ。

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