(うわ……)
こめかみの辺りでちゅっと音がした。キスされたのだと気付いて体温が一気に跳ね上がる。
(わ、ど、どうしよう…)
耳元にも額にも頬にも、数え切れない程降って来るキスの雨。俺は目をぎゅっと閉じて身を固くした。握りしめた拳に汗が滲んで来るのが分かる。こんな時はどうしたらいいんだろう。仮にも恋人にキスされているという状況なのだから、抱きつくとか手を握るとかした方が……
「…くくっ…」
「?」
押し殺したような笑い声が聞こえて薄く目を開けると、オミが俯いて肩を震わせていた。
「な、何…」
「トモ、緊張しすぎ。そういうのも可愛いけど」
「なっ……」
かあっと、顔はおろか耳まで染まった気がした。そんな俺をなおも笑い続けるオミを見て、悔しさに似たようなやるせなさが込み上げて来る。
「しょうがないだろっ!どうせ俺はこういうの慣れてないし、何もそんな風に…っ…」

次の瞬間、俺の目の前は真っ暗になった。
確かにここにいるのに、オミの姿が見えない。
声を出そうにも唇は塞がれていて。

オミの唇が、俺のそれにぴったりと重なっていた。

「んっ…オミ、ん…」
一旦離れたと思うとまたすぐに重なり、俺の言葉はキスに吸い取られた。
オミは角度を変えながら俺の唇を啄み続ける。何度も、何度も。軽く噛むようにされた下唇が痺れて、でもひどく甘くて溶けてしまいそうだった。
心地よさにふわふわと漂う感覚にとらわれる。
「…口、開けて」
「え…?」
意味が分からなくて聞き返した唇の隙間から、オミの舌が侵入りこんで来た。慌てて口を閉じようとしたけれど、それではオミの舌を噛んでしまう。どうしたらいいのか分からず、突然の事に驚いて息の仕方さえ分からずに、苦しくなった俺はオミの胸を力なく叩いた。
「……っ、は…」
「ごめん、嫌だった?」
荒い息を吐く俺を心配そうに覗き込んでオミが声をかける。息苦しさに浮かんだ涙を払うように、俺は首を横に振った。
「嫌じゃないよ…その、ちょっとびっくりして…」
何をされても心臓が破裂しそうな程どきどきしてしまう俺に対して、俺を気遣う余裕すらあるオミ。やっぱり悔しくて、別の涙が滲んで来る。
「俺、オミの事すげー好きだもん…。だから、何されても嫌じゃねーけど、でもっ…」
今の気持ちをうまく伝える言葉が見つからずに声を詰まらせた。頬に触れられて目を上げると、分かったと言うようにオミが頷く。
「ゆっくり、息して。大丈夫だから」
「うん…」
俺が目を閉じるのと同時に、再び唇が重なった。舌先で突つくように促されておずおずと口を開く。さっきよりもゆっくり、様子を伺うように差し入れられた舌を受け入れた。慣れない感触にびくりと引っ込めた俺の舌を、オミは追い掛けて絡め取る。
「ん…んぅ…っふ…」
キスだってまともにした事がない俺は、もちろんこんなのは初めてで。必死に息をしながら、背筋をぞくぞくと駆け上がって来る感覚に耐えるのに精一杯だった。
「んんっ…はぁ…」
長い長いキスの後、オミは俺をぎゅうっと抱き締めてベッドに身を沈めた。
「トモ…俺、トモの事全部知りたい。俺の事も全部知ってもらいたい…」
ため息混じりの呟きが示す意味に、俺の胸はまた高鳴り始める。オミは身体を起こしてまっすぐに俺を見下ろし、はっきりと言った。
「俺、トモの事本気だから。トモとは全部したい」
「オミ……」
嬉しさと戸惑いがごちゃ混ぜになって、とてもすぐには返事が出来なかった。
「…本当はもっと時間かけて付き合ってから言うつもりだったんだけど…」
オミが罰が悪そうに視線を逸らしてもう一度ため息をつく。
「トモと二人になれる時間、俺だってもっと欲しかったよ。でも二人っきりになったら、早まって何するか自分でも分からなかったし…。そんな事して、トモを傷つけたら…」
「オミ…っ」
たまらずに抱き着いた俺を、オミはしっかりと抱きとめてくれた。背中を撫でながら、なおも優しく話し続ける。
「トモが嫌がる事はしたくないから…トモが望まないんだったら、このままでも構わない。好きならしなきゃいけないって事じゃないから」
「バカっ…さっき俺が嫌じゃないって言ったの聞いてなかったのかよっ…」
俺は力いっぱいオミの背中を抱き返して、不器用ながらも自分の気持ちを伝えようとした。どきどきして震える声を必死に絞り出す。
「今すぐって訳にはいかないけど、俺が決心ついたら言うから。だから…」
「分かった。待ってる…」
オミは俺の首筋にキスをひとつ落として、嬉しそうに微笑んだ。

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