「…おはよ」
「ああ、おはよう」
オミとぎくしゃくし始めて1週間。週が明けても状況は変わらなかった。俺はもう、半ば諦めていた。正確には諦め切れていないから、こうして毎日オミのチャリに乗ってる訳なんだけど。
頬のケガはそんなに酷いものではなくて、もう腫れは引いてほとんど治ってきている。擦り傷も絆創膏がいらないぐらいになって。もしオミが、あんな態度を取る中でチャリの送り迎えだけは止めない理由がケガにあったとしたら。治ってしまったら、もうそれすらなくなってしまうんじゃないか…そんな不安が胸を過り始めていた。
「よっ。土曜はどうもな、長々付き合ってもらって」
俊は今日も下駄箱の前で待っていて、俺を見つけると近付いて肩に手を回して来た。
「なあ、また今度どっか行こうぜ。昼飯おごるからさ」
「ああ、うん…」
そんなやり取りをしているうちに、オミは先に歩いて行ってしまう。オミが見えなくなると、俊は俺の肩から手を放した。そして、先週の月曜と同じように、オミが去って行った方を見て小さく笑ったような気がした。

俊には俺がオミの事を好きだというのがばれてしまったので、思いきって今の不安を相談してみた。
「別に跡とか残らないんだろ?朝矢の可愛い顔が無事で何よりじゃん」
俊は見当外れな事を言って、俺の頬を包み込むように撫でてくる。その撫で方が何かこう、まるで彼女にするみたいな−そのままキスでもされそうな感じがして、俺は慌てて振り払った。
「やめろよっ…お前、今日やたら俺に触るし…、もしかしてからかってんのか?俺が、その…やっぱ、変だって……」
俺は別に男が好きな訳じゃなくて、たまたまオミを好きになっただけだ。そりゃ、自分でもどうしてそうなったのか分からないし、まして当事者じゃない俊には俺が特殊に思えるのかもしれないけど…
「ごめん、違うって。そうじゃなくて」
俊が顎で示した方を見ると、ちょうど教室から出て行くオミの姿があった。
「安心していいと思うぜ。あいつには朝矢が心配してるような事はできっこねえよ」
そう言うと俊はニヤっと笑ったけど、妙に自信たっぷりに言い切る根拠が分からなくて、俺はただ首を傾げるばかりだった。

その日の放課後、オミは俺にチャリの鍵を差し出して来た。
「俺ちょっと用事あるから、校門の前までチャリ回して待ってて」
「え…」
ここ最近オミとは話しても一言くらいだったから、久しぶりにまともに話し掛けられて固まってしまった。同時に、この気まずさを保ったまま待っていたくないという気持ちがじわじわと湧いてくる。
「あ、だったら俺歩いて…」
「待ってて」
オミの強い言葉に簡単に遮られて、俺は困った顔をしてオミを見上げる事になった。
その目の前に鍵をぐっと差し出され、思わず手を出す。かちゃりと音がして俺の手に鍵が落ちた時には、オミは「すぐ行くから」と言い残して走って行った。

オミの考えている事が分からない。
そんなにまでして俺と一緒に帰らなくてもいいじゃんか。
だったら学校にいる時にももっと……

チャリのハンドルを握ると、そんな訳ないのにオミの温もりが残っているような気がして切なくなった。もうだいぶ汚れている。俺を送り迎えする為に毎日使って。乗っている最中にパンクして、二人で自転車屋まで担いで運んだ事もあった。
オミとはもう、数え切れない程の思い出がありすぎる。今更もう……
「よお、お待たせー」
待っていた俺に声をかけたのは俊だった。見ると、オミが一緒にいる。廊下で一緒になったのでそのまま来たのだという。それにしては、仲良くしゃべりながら来たという感じでもないけど。
俊はチャリの後ろに跨がった俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「じゃあな、また明日」
そして、またオミに向かって意味ありげな笑みを浮かべて。
オミはそれには答えずにチャリを発進させた。
ずっと無言のまま漕いでいたオミが軽く振り返ったのは、駅まであと少しという所だった。
「トモ、今日ちょっと時間ある?」
そう聞こえた次の瞬間、チャリは駅のすぐ手前で方向を変えて大きく曲がった。今まで通った事のない道を進んで行く。
「ちょっ…どこ行…」
「大丈夫だろ?そんなに時間かからないから」
「時間はいいけど、何っ……」
複雑な気持ちを抱きながら、俺はオミの背中ごしに知らない景色を見ていた。

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