「約束のない待ち合わせ」(とらイチ)


屋上に続く扉を開けると、冷たい風が吹き付けて来た。弁当箱を抱える手に、思わずぎゅっと力が入る。一瞬、このまま足を踏み出さずに引き返してしまおうかと思ったが、大雅は重い扉を押して外に出た。
「よう」
大雅より屋上に近いフロアで授業を受けている市川は、もう自分の昼食をとり始めていた。相変わらずどこに栄養があるのか分からないような惣菜パンを適当にかじる市川の隣に腰を下ろして弁当箱を開けると、緑色をつまんで顔の前に差し出してやる。
「いいよ、とらの分が減る」
箸を持つ手をやんわりと押し返され、それでもめげずに多めに持って来ているからと前置いてもう一度差し出すと、今度は大人しく口の中に収める。しっかり食べたのを確認すると、大雅は満足げに自分の食事へと時間を移行させた。
市川の食生活はお世辞にも褒められたものではない。朝から働きに出る市川の母親が弁当を作る時間がないというのは分かるが、
「野菜ちぎってタッパに詰めるぐらい、自分でだって出来るだろ」
これをもう、何度言ったか。
もっと伸びると思っていた身長が男のくせに160cmそこそこで停滞している自分と比べ、市川は180cmを超える体格に恵まれている。この食生活で何故、という嫉妬にも似た劣等感を抱きつつ、今までひとつで済んでいた大雅の弁当箱はいつの間にか野菜専用の小さなタッパが加わり、そこから市川の野菜不足を解消すべく毎日少しずつ分けるのがここ最近の昼食の習慣になっていた。

「さむっ…」
食事中にも屋上には時折風が吹き、その度に大雅は目を細めて肩を竦めた。陽が出ているとは言え、もう冬がすぐそこまで来ているのだ。長く外にいるには難がある季節といえるだろう。
そんな大雅の様子を見ていた市川はずりずりとにじり寄って来て、後ろから大雅をすっぽりと腕の中に抱き込んでしまった。
「ちょっ……、食べづらい!」
「寒いんだろ」
市川は悪びれず、片腕でしっかり大雅をつかまえたまま頭上で自分の食事を続ける。
「やめろって、パンくず落ちてくるだろ…!」
頭をぶるぶると振って逃げようとすると、市川の手は大雅の顎に移動して、そのままぐいと持ち上げた。そして驚いて見開いた大雅の目を楽しそうに覗き込み、
「そうしたら、責任持っておまえごと食ってやる」
「……!!」
ごくり、と喉が鳴ったのは決して期待を持ったからなどではないと、大雅は自分に言い聞かせる。
それでも早々と適当な昼食を済ませた市川にあれこれとちょっかいを出されながら、自分の食事が終わる頃にはうっすらと汗が滲む程度には体が温まったのだった。

依然として市川には良くない噂がついて回っているため、わざわざ彼のいる屋上に足を運ぼうという物好きはほとんどいない。自分が来る前は一人で寒い中食事をしていたのかと訊ねれば、昨年は気温が下がり始めた頃には室内で過ごすようにしていたという。それならば今年も無理をせずと言いたいところではあるが、市川が何を考えてそうしているのか大雅にも分かってしまうため、もう屋上に出るのは止そうと自分からは言えなかった。
「もう戻るか」
小さくくしゃみをした大雅を気遣う市川の言葉にも首を横に振る。市川は一層強く大雅を抱き込んで、かわいいやつ、と耳元に息を吹き込んだ。

Fin.

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