「砂糖入りのコーヒー」


オミが住んでいるアパートの前には自販機がある。
遊びに行く時はいつも、アパートに入る前にオミが缶コーヒーを二つ買って。
ひとつはブラック…オミの。もうひとつは甘いやつ…俺の。
友達として過ごして来た2年間で俺の好みを的確に把握しているらしいオミは、何をするにしてもほとんど外れがない。と思う。
そりゃあ、今じゃオミそのものが俺の「好み」なんだから、何だって結局許してしまうというのがあるんだろうけど。

(あれ、今日は買わないのかな)
自販機の前を素通りしたオミを見て首を傾げた。
もしかして、いつもおごってくれているから家計(?)が苦しくなったりしたんだろうか。
たかが120円、されど120円。
(たまには俺が買わないとな…)
そう思って財布を出そうともたもたしていたら、結局オミに手を引かれて部屋に入ってしまった。
ドアを閉めたら抱き締められてキスを一つ。きちんと付き合い始めてからの習慣だ。
「本当は駅で会った時にすぐしたいんだけど」
なんてオミは言うけど、外ではあくまで友達同士に見えるように振る舞っているからそうも行かない。隙をつかれてとか隠れてとかはあっても人目が気になって落ち着かないから、この時間は俺にとっても大事な時間で。
「座ってて。飲むだろ?コーヒー」
オミは台所に立つと、インスタントコーヒーの瓶を振ってみせた。
「もらいものだけど、結構うまいんだよ」
「そっか。それで今日は缶コーヒー買わなかったんだね」
「まあね。ちょっと待ってて」
どっちにしても、オミにコーヒーをもらうって事には変わりないんだな。
オミの家に来る時の習慣は、至る所に転がっている。
玄関でキスする事、一緒にコーヒーを飲む事、泊まって行く時はちょっと大きいオミのシャツを貸してもらって、オミに抱き締められて眠って、オミのキスで朝を迎えて…。
いまだにこんな風になっているのが夢なんじゃないかと思う事がある。

しばらくして、湯気の立ったコーヒーが二つ運ばれて来た。
両方とも同じ色。
俺はコーヒーとオミの顔を交互に見た。
「俺、ブラック飲めないよ」
オミと同じものが飲めたら嬉しいけど。
そう言うと、オミは笑って俺の髪を撫でた。
「大丈夫だよ、トモの分は砂糖入れてあるから」
だから飲んでごらんと促されて一口含む。
苦いかなと思ったのは最初だけで、すぐに温かい甘さが口の中に広がった。
「…おいしい」
「だろ?」
オミは満足げにもう一度笑った。
何となく苦そうな真っ黒い色からは想像できない、飲みやすい甘さ。
砂糖の量なんかこっちから言ってなかったのに、ちゃんと俺が飲めるように、俺の好きな味になるように入れてある。
妙に嬉しくなって、俺は隣に座るオミにくっついた。
いつか俺も、オミと同じ味のコーヒーが飲めるようになる時が来るかも知れない。
でも、そうならなくてもいいんじゃないかなと少し思った。
「よし、これからトモのコーヒーはいつも俺がいれてやろう」
なんてオミが言うから。
いつもいつも、俺好みのぴったりの味で出てくるコーヒーに感動していたいから。
「それってさ、何かプロポーズみたいだね」
「プロポーズならとっくにしてるつもりだけど?高校出たら一緒に住もうって言ったの忘れてないよな?」
オミの指が、服の上から俺のネックレスに触れる。
一緒に住もう、そう言われた時にもらったペアリングをチェーンに通してあるネックレス。
俺たちは、甘くてほろ苦いコーヒー味のキスをした。


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