「鏡に映る自分」


「なあ、朝矢ちょっと髪伸びたんじゃん?」
俊に言われて触ってみると、確かにだいぶ伸びてきていた。
そういえばしばらく切っていないような…週末はいつもオミと会ってるし。
「あー、そのうち切るよ」
生返事を返すと、俊が身を乗り出してくる。
「あのさ、俺の知り合いで美容師のタマゴがいるんだけど、そいつに切らせてやってくんない?」
美容院でアシスタントをしている俊の友達が、カットモデルを探しているのだという。
「俺は髪短いし、女の子で引き受けてくれるのがいなくてさー」
頼む、と顔の前で手を合わせられて、俺はしぶしぶ了解した。

閉店後の美容院。時計は9時を回っている。金曜の夜にしておいてよかった。
ただ、一人なのがちょっと心細い。(俊もいるけど)
オミにも来てほしかったけど、俊がダメだと言って聞かなかった。
だから今ここに来ている事も、オミは知らない。
「あいつ、いっつも俺のこと監視するみたいな目で見るんだもんよ。落ちつかねえ」
そうかなあ…。
確かにオミは独占欲が強いと思うけど、俊はただの友達だ。
オミと俺の事を知っている唯一の人間でもある。
いい奴だし、オミと俊にはもっと仲良くして欲しいんだけど。

「こんな感じでどうかな?今の髪型は崩さないようにしたつもりだよ」
美容師のお兄さん−松田さんはアシスタントとは言ってもなかなか上手で、手際よく切ってくれた。
明日オミに会ったら、何か言ってくれるかな。
可愛いよ、とか?何か違う気がするけど、オミには「可愛い」ばっかり言われている気がする。
「バッチリですよ。ありがとうございます」
お礼を言って椅子から降りようとした所を引き留められる。
「実はさ、もうちょっといじらせてほしいんだけど…」
「え、いじるって…」
「髪巻くのと、メイク」
「は?」
そういうのって、女の子にするもんじゃないんだろうか。
「女の子で引き受けてくれるのがいないって言ったじゃん。練習させてあげてよ。人助けだと思って」
俊は止めようとする気配もない。
結局、断り切れずにそのまま練習台になってしまった。
ホットカーラーでくせをつけた髪は俗に言う「くせ毛風」だとか、ナチュラルメイクにしてみましたとか言われてもピンと来ない。
「…誰だこれ」
鏡を見せられて、俺は絶句した。
もともと色は白い方だから肌はそれほど変わってないけど、目の大きさが2倍くらいになってる気がする。これのどこがナチュラルなんだよ。マスカラをつけられたまつ毛が妙に重い。
「おいおい、超カワイイじゃん〜」
俊は俺の周りをぐるぐるしてあちこちから眺めてはカワイイを連発する。
「ありがとう、何だか俺自信がついたよ」
松田さんも妙に嬉しそうだし。
まあ、俊の言う通り本当に人助けになったんならいいけどさ。
「じゃ、俺もういい?帰るんで化粧落としてほしいんですけど」
「ダメ。せっかく可愛くできたんだからそのまま帰れ」
お兄さんが何か言う前に俊が横から口を挟んでくる。
「ふ、ふざけん…」
「ほら行くぞ!マッチー、またな!」
俊は自分のかばんと俺のかばんをひっ掴み、俺を引っ張って店から出てしまった。
「ちょ…俊、離せよ!」
俊の手を振り払ってかばんを取り戻す。わなわなと怒りが込み上げてきた。
「お前どういうつもりだよ!これじゃ帰れねーだろ!」
「…ごめん」
「ごめんで済むかよっ」
思わず俊の襟首をつかむと、その手を上から握り込まれた。
「帰れねーんなら木下んち行けば?見せてやれよ、そのカッコ」
「…っの…!」
俺は俊を突き飛ばすと、そのまま駅に向かって歩き出した。
「おい、ごめんって…!」
後ろで叫ぶ俊を無視して歩き続けた。もうすっかり遅くなって、人通りが少ないのが唯一の救いだった。
でも駅に着いてしまうと明るい照明とたくさんの人にひるんでしまって。
(…ダメだ)
駅舎から少し離れると、俺は道端に座り込んだ。
俊に着替えを持って来いと言われて行ったので、制服じゃないのがまだありがたい。
携帯を取り出して、履歴の最初に出てくる番号にかける。
早く。早く出て。
「もしもし、トモ?」
受話器から聞こえるオミの声にほっとした。
「オミ、今出られる?…迎えに来て」
泣きそうになるのをこらえて、声を絞り出した。

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