「曇り空」(とらイチ)


布団から出るのをためらうほど、空気の冷たい朝。
カーテンを開ければ案の定空は一面の白に覆われており、窓を開けていないにも関わらず室内に侵入する冷気に、市川は首を竦めて身体をさすった。
春になり切らないこの季節は、陽が出ているか否かで体感温度に相当な差が生じる、と思う。昼休みを屋上で過ごすことの多い市川にとっては無視できない問題だ。

ただ、寒風吹き荒ぶ日でも屋上に足を運ぶだけの理由がある以上、今日は寒いから教室で寝ていようというわけには行かないのだ。
「うー、寒い…」
市川より下の階から上がってくるため少し遅れて、大雅が屋上の扉を開いた。
地上より強めに吹く風を顔に浴び、その頬にさっと赤みが差す。制服の袖を可能な限り伸ばして指先を覆い、縮こまりながらこちらへ近づいてくる小動物を、市川は腕を広げて胸元に招き入れた。
じわりと伝わる温かさにほっと息を吐いたのは、おそらく大雅だけではないだろう。
それでもよしよしというように大雅の背中を撫でて、さも自分が温めてやっているかのような素振りをしてしまうのは、ほんの一年でも自分の方が年上であるという些細なプライドからなのかもしれない。

「とら、」
「ん」
名前を呼べば反射的に上向く顔を捕らえて唇を落とす。軽く音を立てて一旦離れ、ほんの数秒目を覗き込んでやると次をねだるように薄く唇を開く癖を、大雅は自分で気付いているだろうか。
その隙間をぴったりと塞いでやれば、一瞬強張った身体は市川の腕の中で蕩けるように脱力して行く。指先を外気に晒さないためだろうか、市川の上着とカーディガンの間から回された腕は時折思い出したように背を這い上がり、微かな刺激に反応しそうになるのをやり過ごすように、大雅を一層強く抱き寄せた。
「……、」
はふ、と少々苦しそうに酸素を欲したところで、ゆっくりと大雅の咥内から舌を引き抜く。このまま続ければ大雅はそう時間をかけずに陥落するだろうが、この場では可哀想だ。それも市川が後付けした理由であって、自分の理性を保つために仕方なくというのが本当のところか。
大雅を抱いたまま壁に背を預け、ずるずるとしゃがみ込んだ。
「気持ち良くて腰抜けた」
そう言って笑ってやると、大雅は真っ赤な顔を市川の首元に埋めて黙り込む。触れる頬も吐息も、ほんの数分前より随分熱を帯びたように思えた。
「俺、とらとキスするの好き」
それに対して大雅が自分もだと答えることは性格上ないだろうが、同じ思いを持っていることは間違いないと思う。初めてした時は気持ちを伝える以前のことで、大雅を不安がらせて泣かせてしまった。今はその分まで、たくさんの気持ちを伝えるために。
「寒くないか」
こくりとうなずいた大雅を抱き直して、髪にキスを落とす。
「じゃ、もう少しここにいようか」
見上げた空に雲の切れ間はなく、太陽がどこにいるかは分からない。それでも温かいと思える場所を作ってくれる小さな恋人を、市川は大事そうに抱き込んだ。

Fin.

とらイチのファーストキスエピソードは個人誌「RED IMPACT」に掲載しておりますので、興味がありましたらよろしくお願いいたします(´ω`*)

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