「大切な人」(俊マチ)


「俺の、いちばん大切な人」
そう友人達に宣言した相手は、やはり同じように俊介を想ってくれているだろうか。

否、と思う。

家族や親戚と疎遠な俊介とは違い、松田は家族をとても大事にしている。年の離れた妹の話を聞かされることも少なくはない。その話し振りは嫉妬を覚えるどころか馬鹿がつくほど微笑ましくすら思えるほどで、よほど家族仲が良いのだろうと、誰もが想像できるものだった。

もし目の前で家族と恋人が同時に危険に曝されていたら、という例え話がある。
そんなことが実際に起こったらどうするか、などと敢えて訊ねたことはないが、松田は間違いなく迷うだろう。その優しさゆえに、悩み苦しむに違いない。
その時潔く身を引くべきは自分だというのは、俊介には分かっている。
松田が俊介に向ける惜しみない愛情は家族に対するそれにも似たところはあるが、血のつながりに勝るものはない。
俊介も天涯孤独という訳ではないものの、松田を失うことは考え難く、もし本当に…と思うと身震いする思いだった。

ソファの端に腰掛ける松田にもぞもぞと擦り寄ってみれば、読んでいた本を避けてその手を俊介のために空けてくれる。当然のようにそうしてくれる松田に、いつも俊介は甘えてしまう。抱き締める腕が心地よくて、離れたくなくなってしまうのだ。
「…どうしたの」
優しく問いかける声が自分ひとりに向けられるのが、嬉しくて。
べつに、と答えながらも首筋に顔を埋めれば、温かい手が髪を撫でる。息をすることさえ躊躇われるような静まり返った部屋は、ここに二人しかいないことを知らしめる。
こうして身体が触れているだけで幸福を感じるなどと、いったい何時の自分が想像し得ただろうか。こんな姿、友人達には絶対に見せられない。一人でも平気だと、飄々とした風を装っているのだから。
(マッチーに対しても、初めはそうだったっけ…)
感情を読み取られまいとしながら過ごして来た俊介の努力は、たった一言の「好き」で脆くも崩れた。相手に対する、最大の弱み。それからは何をどうしても見透かされているようで、だからこそ成立する今この瞬間のような静かな体温の交換は、俊介の日常にこれまで足りなかった温かみをもたらす貴重な時間になっていた。

こんな自分を、松田は簡単に見捨てたりはしないだろう。ただそれが彼を苦しめることになるのなら、自分はこの腕から抜け出さなくてはならない。
「…マッチー」
小さく呼んだ声は自分でも意外なほど弱々しく、やはり何かを見透かしているのか、松田は俊介を抱く腕を少しだけ強めると、だいじょうぶ、とそっと囁いたのだった。

Fin.

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